6時に起床。
朝の気温は14度まで下がり、一日ごとに秋が深まる気配が増す。
体の芯が冷え始める頃なので、服装に気をつけなきゃだなぁと思いつつズボラなのでまだ薄着のまま。
息子はのんびり寝ていたので、起きてくるまでにお弁当と朝ごはんの準備を大方済ませることができた。
朝は目玉焼き、サラダ、ご飯、味噌汁、納豆、ほうじ茶、巨峰。
先日、信州・上田に移住5年目にして初めて登山に挑んだ。ようやくといっていいほど、ようやくといった感がある。というのも息子が3歳になりたての頃から信州・上田の市民の山といわれている「太郎山に登りたい!」とことあるごとにいっていたので、山に登るいいきっかけになると思い、今回登ることになった。そういう意味でも彼としても念願かなってのことだろう。この季節は日中でも夕暮れのような晩秋特有の太陽の光の姿を表す。そんな美しい季節の森の中を闊歩できることを楽しみにいざ出発。
満月の影響か昨日おとといととても眠かった。
今朝は早起きができたので、ウッドデッキで呼吸をしてからスタート。
呼吸も1~2日パスしていたりしたので、雑念が浮かぶ浮かぶ。
太陽が出る頃は曇り空でも次第に晴れ間が見えてきた。
呼吸の前に庭をパトロールする。カタツムリを発見したり、日ごとにメキシカンブッシュセージの花が大きくなってきたりとなにかしら変化があったりするので面白い。
毎年、息子が通っている保育園では先生たちが全国の保育園事業者が集まる研修に参加しているようだ。研修の日は保護者の協力を得て、その日は希望保育スタイルになるため、親への協力のお礼と活動報告として、研修報告書なるものが数ヶ月すると各家庭に配られる。ほとんどの先生がA4一枚に当日体験したことや感じたことなどを手書きで書いた書類を束ねた印刷物なので、結構な分厚さになるのだが、年に一度のその配布資料を読むのが僕の密かな楽しみになっている。
6時前に起床。
台風の影響なのか、昨日の夕方から頭の後ろがずっと痛くて今朝たまらずロキソニンを飲んだ。
ずんずんと響いてくるし、かちこちに固まっている。
薬が効いてきたところで頭も正常に回り出す。
ここ数日、外から聞こえてくる音が秋の音に移ろいはじめてきた。
カエルの鳴き声がぱたりと止み、鈴虫みたいな秋の虫の声がささやかに聞こえ出す。
静けさが急にやってきて、それに連動して心もすとんと落ち着いていく頃。
土用、夏と秋の狭間。
あいかわらず朝4時30分起きの生活をしている。
変わったことといえば、最近新居に引越しをしたことぐらいだろうか。
いやいや、住まいを一から建てたのだから、「引越ししたことくらい」というには、あまりにも軽すぎる。けれど、土地を見つけてから一年半も経てば、当初土地を契約したころに浮き足立っていた頃が懐かしくなるくらい落ち着いたものなのだ。
結局一年くらい設計を行ない、そして半年かけてじっくりと大工さんをはじめ地場の職人さんたちの手で私たちがこれから育みたいことや価値、意味などが乗るような素材によってカタチにしてもらった。まだピカピカの一年生がデカいランドセルに背負われているような心持ちなのだが、時が経つにつれてぺたんこで味わい深いランドセルのような風体になれば良いなと思っている。
涼しい朝。
雨が降ったあとだから空気に淀みがなくて、すっとした空。
2週間滞在した父を昨日見送って、賑やかだった日々から少しずつ日常に戻る。
早朝夫が畑で収穫してきた今季初のミニトマトが朝ごはんに登場。
リーフレタスはこの時期切れることなく冷蔵庫にあるし、最近はズッキーニも採れ始めてきたりと自家製の夏野菜がだんだんと増えてきた。ありがたい日々です。
日の出前の早朝に畑に佇んでいると、朝露すら降りていない野菜や葉や草木がただ静寂と佇んでいる姿を見ることがでる。それはこの世に人間は自分一人しかいないのではという感覚を味わうことができる。もちろんそんなことは錯覚や幻想に過ぎないのだけれど、そうした時間を過ごしていると、ああ自分もここにある自然と同じいのちなのだということが頭ではなく、こころで実感するものだ。
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