贅沢の変化
空に鳶(とんび)が旋回するようになった。これはもうすぐ春の訪れを知らせてくれるサインの一つ。だと勝手に自分は考えている。
家での仕事部屋、つまり書斎スペースの西側には窓があり、そこにテーブルをつける形で仕事をしているので、ブランインド越しではあるけれども、窓の外には、遠くにまだ山頂に雪が残る北アルプスの稜線があり、近くでは鳶が旋回したり、獰猛なカラスが優雅に旋回する鳶にちょっかいを出したりしているのを眺めながら、仕事をしている。気がつけば移住をしてから一年が経とうとしているのだ。
この一年で生活の中での一番の変化は「食」にある。今となっては不思議なのだが物心ついた時から続いていた朝食にパンを食べるという習慣とは訣別し、お米を中心にした食生活に変えてみたのだった。最初は慣れないこともあったので、一週間だけのトライアルのつもりだったのだけれど、気づいたら一年間となっている。時たま朝食をパンにすることもあったのだけれど、その日の体調やパフォーマンスは、朝食にお米を食べた時と比べて明らかにパワー不足や不調を感じざるを得ない。
この朝食をお米にするというのは、完全に自分たちの生活のスタンダードになったのだが、今年はもう一つ習慣化していきたいこととして「温泉」がある。昨年も何かの仕事がひと段落したタイミングやその節目節目にお気に入りの温泉に行くということはあったものの、習慣までとは言いがたかった。けれど、今年は2週に一度は温泉に行きたいと思っている。街のほぼ中心に位置する自宅から四方にそれぞれ20分程度も車を走らせれば、温泉街に行くことができるという立地も改めて考えてみれば恵まれていることなのだと思う。早速今年の1月からは継続しているのだけれど、その温泉地ごとに一緒に浸かっている人たちの属性なども異なっていて人間観察としてとても面白いし、見知らぬ誰かと同じことをしてそれを楽しんでいるという共通体験は今の時代、とても貴重なことなのだろうと感じる。
こうした生活習慣の変化が生まれると、その中で使う家具などをはじめとした道具のチョイスなども、デザイン性も然り自分自身と一緒に時間経過を楽しんでいけるものへと変化していくものだ。東京の茅場町でインテリアショップを営む友人でもあるROUND ROBINさんがストックセールを行なっている時に、ふとこのショップのinstagramのストーリーズに“映り込んでしまっていた”フィンランドの家具デザイナーIlmali TapiovaaraのデザインしたPirkka Chairを見つけ、お問い合わせをしてお譲りいただいた。
“映り込んでしまっていた”と書いたのは、お問い合わせしてみると、脚の部分が折れてしまっていたり修理が必要な家具なので、販売するにも少し躊躇してしまうとのことだった。確かに東京近郊でこの手のデザイン家具をその意匠を保持しながら修理することができる職人さんを探していくことの方が難儀なことのように思う。
しかし、これも「温泉」と同じく自分が住んでいる上田には長らく北欧ヴィンテージ家具販売をしているhalutaさんがいた(現在は軽井沢町に移転)こともあり、そういうデザイン家具を修理してくれる詳しい家具屋さんたちが何人かいることは知っていたし、改めて考えてみると壊れたものを修理してまた使うという家具体験は、「私のもの」としてのストーリーがはじまっていく感じがしてなんだか良い。その脚の破損についてもあまり気にせず、むしろこういったものの方が、愛着がしっかりと湧くし、長く使っていけるものだと感じ、有り難く買い取らせていただいた。そして当初のこちらの勝手な想像を裏切ることなく、いやとてもいい意味で裏切っていただき、どこが破損していた箇所なのかも分からないくらいに綺麗に修理してもらえたのだった。
こちらには都内で“流行っている”カフェやレストランなどはない。以前であればそういった新しいものや新鮮なものを外側に求めて寝る間も惜しんで足を運んでいた時期もあったけれど、この一年は内なる変化の楽しみというものが増えたように感じている。これからもじっくりと自分の感情や感覚の変化を観察していきたい。