いつかの約束
2019年の5月中旬ごろ、デンマークの首都コペンハーゲンからスウェーデンのマルメに向かう電車の中にいた。デンマークとスウェーデンの国境に跨るオーレスン・リンクから眺める風力発電のプロペラを見ると、ここに戻ってきたということを実感する。
数時間前にコペンハーゲンのカストラップ空港に到着したばかりだったけれど、ある一通のSMSのメッセージを受け取り、予約していたAirbnbのホストへの挨拶もそこそこ、宿泊先のホストの家の合鍵を片手に来た道を引き返し、最寄りの駅から地下鉄を乗り継ぎ再びカストラップ空港から電車に乗り換えてスウェーデンに向け出発した。
そのSMSを送ってきたのは、デンマークのデザインスタジオAll the Way to Paris(以下、ATWTP)のファウンダーのPetraだ。数年来、何度もATWTPのオフィスを訪ねるようになったのも事故みたいなものなのだが、はじめはスウェーデンのプロダクトデザイナーのLisaにマガジンのインタビューを行なう予定だったのが、Lisaの子供が風邪を引いてしまいそれどころではなく、代わりにLisaのお兄さんの奥さんであるPetraを紹介してもらったことから始まったのだった。それ以来、自分がコペンハーゲンやマルメに滞在している時には、必ずゆっくりお茶をして、自分の近況を報告したりするような間柄のとても大切な友人だ。
「コペンハーゲンに到着したの?これから、ホームパーティーするから来ない?」
確かこんな感じの軽い、けれどとても魅力的な誘いだったように思う。
以前にも、毎週水曜に持ち回りでPetraの家のご近所さんたちと食卓を囲むホームパーティー(確かDinner Clubという名称だったような気がする)にお呼ばれし、キャラクターの濃い方たちが揃い、夕食のひと時を共にした。最後の方はテンションが上がって、5月上旬のまだ肌寒い海に男どもが飛び込んだりしていたのがとても人間らしく自然体に感じたものだった。
なので、今回の誘いも同じような感じかと思ったのと、以前に行った時から引っ越しをしたということをPetraから聞いていたので、その新居にも訪問してみたく、到着間もない時差ボケでぼやっとしている体に鞭を打ち電車で向かったのだった。
新居のベルを鳴らし中に入ると、聞こえるはずのスウェーデン語ではなく、聞き馴染みのある日本語が聞こえてきた。そこにはATWTPのメンバーの他に、翌日からコペンハーゲンで開催するデザインイベント3daysofdesignでデンマークのインテリアブランドSKAGERAKで商品のローンチを控えたARITA1616のメンバーたちも一緒にこのホームパーティーに参加していたのだった。
普段海外に行った際は、日本人とは意識して連まないようにしている性分なのだが、この時ばかりは、時差ボケの頭で英語を使ったコミュニケーションはなかなかタフだったので、それはそれでとてもホッとしたことを覚えている。
北欧特有の長テーブルを囲み、旬のアスパラガスなどの美味しい食材で舌鼓を打っているのに、どこか少し日本的な宴感も漂う不思議で面白い時間はあっという間に過ぎ去り、気づけばコペンハーゲンに戻る最終電車に乗り遅れるところで、みんなで駅まで猛ダッシュで帰ったのはとても楽しい思い出だった。そして暗い夜道をとぼとぼ歩きAirbnbのホストの家に到着したのは日付を跨いだ午前2時で、その日はシャワーも浴びずに寝落ちしてしまった。
翌日、外で鳴く鳥の囀りで目が覚め(おとぎばなしのようだけれど、自動車道と住民が住む場所があまり隣接していないデンマークでは、鳥たちの囀りがよく聞こえる)スマホを何気なくつけるとまたPetraからSMSのメッセージが入っていた。
「明日、SKAGERAKでモーニングイベントがあるから来ない?そこで昨日会ったARITA1616のメンバーでローンチをやるよ。」
実は昨日のホームパーティーの際に、たまたま隣の席に座っていたATWTPのメンバーのBettyがコペンハーゲンでも美味しいパンを提供していることでも知られるLilleのパンをこのイベントのために調達するということを意気揚々と僕に教えてくれていたから、そのモーニングイベントの様相もこのPetraからのメッセージを受け取った時に容易に想像がついた。
(後日、マガジンのインタビューを行なう場所としてLilleを選び、そこにいくとBettyがスタッフの格好をしていた。よくよく彼女に尋ねてみると、週3日ATWTPでデザイナーとして働き、残りの日を使ってLilleでパン屋として働くというワークスタイルをしているということだった。思わぬ再開を違いに喜び合い、ちゃっかりとコーヒーを一杯奢っていただいた。)
ARITA1616のメンバーとの交流やデザインされたプロダクト、そしてLilleの美味しいパンにありつけるということで断る理由も見当たらず(唯一、寝坊しないかという心配はあったが)Petraには「是非参加するよ!」と返事を返したのだった。
当日は朝から天気が良く、心配していた寝坊も回避し(というか、意識しすぎて逆に早起きだった)地下鉄とバスを乗り継ぎSKAGERAKのショールームに到着した。朝早くからのイベントだったものの、日本の有田焼をデンマークのデザインスタジオのATWTPがどのように解釈しコラボレーションしたのかということに興味を持った現地のデザインラバーやデザイナー、そしてきっと自分と同じくLilleのパンを目当てにして来た人たちで溢れていた。
イベント自体はとても盛況で、自分もATWTPのアイコン的なイラストでもある「目」の描かれた小皿を購入させていただいた。このお皿を手にした時に、ATWTPのもう一人ファウンダーのTanjaが近づいて来て笑いながら、「Oh, Always watching you!」と言ってきたことが頭からなぜだか未だに離れない。そんなストーリーも付加され今でも何かとお菓子などを乗せるのにちょうど良い大きさで重宝している。
会のお開きも近づいてきた頃、Petraが紹介したい人がいると引き合わせてくれた女性二人がいた。彼女たちはコペンハーゲンの中心部で路面店を営んでいるデザイナーのSTILLEBENのDitteとJelenaだった。コペンハーゲンでも人気のインテリアショップで自分も何度か書籍を中心に買い物をしたことのある気持ちのいいショップという印象だった。
この二人にたまたま持ち合わせていた自分が制作しているマガジンa quiet dayのその当時の最新号一冊を名刺代わりに渡すと、本という媒体に特別な価値をおいているように思う北欧の方たちらしく、とても喜びそしてこれらを自分一人で作っている(北欧パートは自分が、日本パートはチームを作って現在は制作している)ことに驚いた表情を見せていた。
「是非、私たちが日本で何かカタログを作る際には手伝って。」
「もちろん。僕にできることがあったら!」
と簡単な会話をDitteとJelenaと交わして、僕は次の目的地へと会場を後にした。
それから3年の月日が経った。
今でこそ、普段はフリーランスの編集者として働いているのだが、この3年の月日の中で色々な働き方やライフステージ、そして生きている場所までもが変わった。
そしてこれまた不思議なご縁でお仕事をさせていただいている北欧インテリアやデザインを輸入販売している株式会社NOMADが2022年4月9日から14日の6日間、東京の青山にあるライトボックススタジオ青山でSTILLEBEのポップアップストアをオープンさせる。
このポップアップストアイベントの全体のディレクションなどを担いプロジェクトを進める中で、Google Meet上でSTILLEBENのDitteとJelenaと再会した。彼女たちは3年前のイベントでの出来事は少しうる覚えという感じは否めなかったが、僕個人としては、何か昔に打たれた点と点が繋がったような気がした。どこかのボタンが掛け違っていたらこれらの点はきっと線にはなることはなかったはずだと思うと、毎日の一瞬一瞬がとても意味のあるようなことに思えてくる。
そして、STILLEBENの日本版のカタログを自分が制作できたことは、いつかの約束を果たせたという意味でとても大切なもの、そして次なる点になるのだろう。