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ゆっくり歩く

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ゆっくり歩く / 著者・小川公代 / 医学書院



こころの声を聞け




実家暮らしをしていた頃、特に幼少期の頃は、家族で出かける時は必ず自転車だった。幼少期に失明してしまっていた父は車の免許を取っておらず、母は免許があったものの知らない場所に車で行くことを躊躇しがちだったため、晩御飯を外食する時は親に続いて姉と自分が連なって自転車でレストランに向かうことが常だった。自転車で30分かけてご飯を食べに行くということもざらにあった。

そんな折、よく父は母に叱られていた。どういうことでかというと、歩行者用の信号が点滅しているのに後続の母をはじめ僕たちのことを考えずに突っ走り、後に続く者のことを考えず自分のことしか考えていないことに対して怒っていたのだ。

そんな父だが、ガンで亡くなる1ヶ月前まで仕事をしていた。ガンが体を確実に蝕んでいたけれど、社畜という言葉とは裏腹に、生涯仕事を自由に楽しくやっていた父にとっては、仕事が唯一の生きるためのカンフル剤になっていたのだ。最期はとあるファッションセールのDM用のファッションモデルを入れた撮影のスタジオの現場。父が心配だったのとその撮影を担当していた写真家さんと自分も知り合いだったこともあり、顔を出すことにしたので、代々木上原駅で待ち合わせした。代々木上原駅で降車したことのある方ならご存知だろうが、北に進むと物凄い坂がある。現場のスタジオはその坂を登り切った場所にあったのだが、その頃は体力的にもしんどい頃で少し進んでは息を切らして止まっての繰り返し。あれだけ僕たちを置いてスタスタと行ってしまったことを考えると、病はここまで人を弱らせてしまうのかという恐怖さえいただいた。見かねて手を繋ごうか?と聞いてみたが、それを断り自力でなんとか登り切っていた。息絶え絶えでこれがきっかけで取り返しのつかないことになったらどうしようと僕は内心不安を隠せなかったのだが、現場に着くと先ほどのしんどさは表に出さず、座長として皆を賑やかに守り立たせていた父だった。今思うと、息子の自分に最期に格好の良い姿を見せたかった父の意地だったのかもしれない。


ケアについてのトピックの時、必ず父の闘病に付き添っていた頃のことを思い出してしまう。本書『ゆっくり歩く』を読み進めていると、登場人物の母娘と自分と父の関係を当てはめて読んでしまい、少しの後悔と大きな気づきを得ることができたのだ。


著者・小川公代さんのお母さまが難病にかかった。生きる気力が萎えていく母を前に、娘の頭をある小説の断片がかすめる。「そういえば、ボルヘスっていう作家がね……」。以来娘は、母の魂が渇望する物語を探しながら、言葉に救いを求めつづけてきた――。

本書は生と死のはざまで揺れる母や祖母について思いをめぐらせたエッセイであり、娘と母の「言葉のやりとり」を大きく取り上げたドキュメントだ。ときに抱腹絶倒、ときにしみじみと物語の感想を語り合う和歌山弁のおしゃべりからは、言葉を介してつながろうとする人たちの姿が浮かび上がってくることだろう。正義の倫理とケアの倫理など実際に当事者として体験してみないと気がつかない感覚などもストーリーとして理解することができ、これからケアをする可能性のある方にはぜひ手に取っていただきたい。何かしらの不自由を抱えている方の視点に立ってみると、ゆっくりとした速度にならざるを得ない。しかし、そのスピードでないと見えない世界が確実にあることを改めて知らせてくれるだろう。


ケアにはそれぞれのやり方がある。

あの時、父に手貸して坂を登らなかったことが、この一冊によって肯定的に捉えることができた。

あれは父の最期のプライドだったのだ。


<目次>

第一章 歩調を合わせる

 1 なんでこんなことになるん?

 2 母と歩くわたし

 3 「その気持ち分かるよ」なんて言えない

  〔以下略〕

第二章 ケアされる

 1 「聞く」ことに失敗する

 2 もうひとつの声

 3 ぶっとんだ「父親」たち

  〔以下略〕

第三章 とつぜん落ちる

 1 エスカレーター事件

 2 母の喪の仕事

 3 命をいつくしむ

  〔以下略〕

第四章 実地で学ぶ

 1 民主主義の国へ

 2 「傷」への回路

 3 非暴力の教育

  〔以下略〕

第五章 移動する

 1 ゆっくりでいいですよ

 2 親密圏だから「愛」が困難

 3 コンプライアンスの難しさ

  〔以下略〕

第六章 ボールで遊ぶ

 1 冬の日に公園で

 2 「ボール遊び」をもとめて

 3 弱さアピールをせずとも

  〔以下略〕

第七章 ツタがからまる

 1 占い師と“ツタ”力

 2 母の“ツタ”力

 3 コモンズ体験

   〔以下略〕

第八章 ゆっくり歩く

 1 稀代のストーリーテラー

 2 ちちんぷいぷい

 3 常識をうたがう




小川公代
1972年和歌山生まれ。上智大学外国語学部教授。

ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。

専門は、ロマン主義文学、および医学史。

著書に、『ケアの倫理とエンパワメント』『ケアする惑星』『翔ぶ女たち』(以上講談社)、

『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、 『ゴシックと身体』(松柏社)、

『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』(岩波新書)、

『100分de名著 ドラキュラ』(NHK出版)などがある。

訳書に『エアスイミング』( シャーロット・ジョーンズ著、幻戯書房) 『メアリ・シェリー』(シャーロット・ゴードン著、白水社)など。

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