忘れられない日本人 民話を語る人たち / 著者・小野和子 / PUMPQUAKES
人が生きた跡
自分がまだ幼かった頃、テレビでは毎週見ているアニメがあった。幼稚園で流行っていたその当時に放送を開始した『クレヨンしんちゃん』でもなく、僕はどういうわけか『バッドマン』や『ミュータントタートルズ』といったアメコミや小さい子であれば人間の欲深さを避け手に取ったブラックユーモアのある『笑ゥせぇるすまん』にハマっていました。少し影のあるストーリーなどが自分の中の何かにフックしたのだと思うのですが、唯一子どもらしく見ていたのが『まんが日本昔ばなし』でした。
「坊やぁ〜良い子だねんねしな♪」と始まるオープニングから始まるこの番組は有名どころの昔話もあれば、そんな話聞いたこともないといったような民話から派生したような回もあったりで、人は喜劇よりも悲劇の方が記憶にのこっているのか、お気楽に終わるだけでなく少し寂しさを感じられる内容もあったことを覚えています。
こうして今改めてその当時見ていたアニメを振り返ってみると、共通するのは人間らしさの『欲』が見えるものに興味があったのだろうなと感じます。『欲』があるからこそ、人間なのであってそうした人間の本質的な部分にともすると興味があったのかもしれません。
さて、本書『忘れられない日本人 民話を語る人たち』は、もっとリアルでディープな民話を語る人たちのお話がまとまった一冊となっています。東北の海辺の町や山の村で、民話を聞き訪ねてきた民話採訪者の小野和子さんが聞いてきた民話を厳選してまとめています。著者に「民話」を託したそれぞれの語り手のお話は、厳しくも豊かな生のおもしろさがあり、言葉では言い表せないストーリーとしての表情を感じ取ることができるはずです。それらは本文の言葉を借りれば『地底深くを這うように脈々と息づく「文化」』のようであり、あくまで他人の話なのですが、自分の奥底に眠っている何かが震えてくるのを感じることでしょう。それは、果てしない知性を宿した「忘れられない日本人」たちの、生きた姿をなのです。
本書で、人が生きた跡を辿ってみるのもいいかもしれません。
<目次>
刊行によせて
第1章 佐藤とよいさん「戸数十四戸の山奥の村に生きる」
第2章 小松仁三郎さん「おらは義務教育には参加しません」
第3章 楳原村男さん「ガダルカナルへ行かず憲兵学校へまわされて」
第4章 佐藤玲子さん「最愛の夫を失って蘇った民話の語り」
第5章 佐々木健さん「神子職を奪われた祖母が語った民話の数々」
第6章 佐々木トモさん「友はみな貸されて(売られて)いった村に生きて」
第7章 伊藤正子さん「母の語りに育まれて」
第8章 永浦誠喜さん「生涯を農民として生き抜く」
最終話にかえて 「商人の妻」
あとがき
小野和子
民話採訪者
1934年岐阜県生まれ、宮城県在住。1969年から宮城県を中心に東北の村々へ民話を求めて訪ね歩く民話採訪をひとりで始める。1975年に「みやぎ民話の会」を設立。主な著書に『あいたくて ききたくて 旅にでる』(2019年/PUMPQUAKES)。同著で「鉄犬ヘテロトピア文学賞」、「梅棹忠夫・山と探検文学賞」受賞。濱口竜介・酒井耕監督作品映画『うたうひと』(2013年)、NHK Eテレ「こころの時代」(2022年)等にも出演。