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土地の精霊

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土地の精霊 / 著者・四方田犬彦 / 筑摩書房



追憶の眼差し



何度も旅をしてきた。一人で旅をすることもあれば、複数人で共にすることもあった。楽しい思い出や苦い経験、あわや、なんてことも思い起こされる。華やかなデザインの世界を垣間見たかと思えば、かつてプッシャーストリートでもあったゲットーエリアにあまり何も考えずにAirbnbの宿を手配してしまって落ち着かない日々を過ごしたこともあった。20代という若い時分にそうした様々なレイヤーの世界を肌身で体験できたことは何よりもの人生の糧となっていくはずだろう、いや今ですら糧になっているのだ。

そうした旅の記憶を振り返るにつけ、思い起こさせるのはThe 観光地というようなガイドブックに載るような場所やお店ではなく、時間がぽっかりと空いてしまって何することもなく、目的なくトラムを乗り継いでたどり着いた先にあった団地群だったり、本当にバスが来るのかと訝しげに思ってボーっと見ていた停留所の落書きや取材先のクリエイターに連れられて同席させられた村の会合の場所の煤けた空気などで、それらが鮮明に記憶として刻み込まれている。誰かをもてなすために作られたものではなく、そこに生きている人たちから滲み出た何かがそこに漂っていたから印象深くこころの中にあるのかもしれないが、本書タイトル『土地の精霊』を一目見た時に、まさしく僕が体験した何かは”精霊”だったのだと気がついたのだった。


さて、本書『土地の精霊』は「人はなぜ旅をするのか」という大いなる問いのもと、三大陸を旅した四方田犬彦の旅の記憶をエッセイとしてまとめた一冊だ。今から40年以上も前の旅の記憶のはずなのに、全く色褪せることなく読んでいる人たちの目の前に映像が流れてくるような描写はきっとそれらが作られたものではなく、体験の事実として語られているからなのだろう。寺院の神像、女霊媒師、路傍の乞食。現代と過去のあいだで、身体性と〈土地の記憶〉が響きあう。世界を旅し、近代の底に眠る聖なる存在を掘りおこす紀行エッセイ。


追憶の眼差しの先には何が見えてくるのだろうか。

未だ、旅は続いている。



<目次>

ソウル 1979
カメドン 1980
ダブリン 1980
ナポリ 1985
コロンボ 1985
サン・クリストバル・デ・ラス・カサス 1987
タンジェ 1988
クラクフ 1991
サイゴン 1993
バーニョ・ヴィニョーニ 1994〔ほか〕



四方田犬彦
1953年生まれ。東京大学文学部にて宗教学を、同大学院にて比較文学を修める。ソウルの建国大学校に始まり、コロンビア大学、テルアヴィヴ大学、明治学院大学などで、教授・客員教授として教鞭を執った。言語表現と映像、音声、都市を対象に批評活動を行なう。齋藤緑雨文学賞、サントリー学芸賞、伊藤整文学賞、桑原武夫学芸賞、藝術選奨文部科学大臣賞などを受けた

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