ムーミン谷のひみつの言葉 / 著者・冨原眞弓 / 筑摩書房
安らぎのおまじない
毎週土曜日の夕方のルーティーンは保育園から帰ってきた息子と一緒にお風呂に入り、そのあとその日のお店番をしている妻の帰りを待ちながら、ムーミンを観ることだ。これは父と息子の約束事でもある。
元々我が家にはテレビがない。結婚した当初はもちろん、自分が一人で暮らすようになった時からなので10年来テレビというものを視聴していない。だから息子にとっては何かを視聴するという体験はパソコンやスマートフォンからなのだ。
ではそこで何を観せたらいいのかという話になるのだが、テレビだったらこの時分の年齢であればNHKの教育チャンネルが主となろうが、そうはいかない。動画視聴はつければやっているものではなく、自らが選ばなければならない。
僕がまだ会社員で実家暮らしだった際に、朝6時くらいから東京MXテレビで「楽しいムーミン一家」の再放送が流れていた。朝食を頬張りながら何気なく観ていたのだが、そのアニメの中のムーミンたちが住んでいる世界が、自分の普段の慌ただしい日常のそれとは全然異なったスロウで一つ一つの行為に対して味わいと慈しみを持ち合わせた状況が展開されていて、ないものねだりではないが、その世界が少し羨ましくすら思ったのだった。
そういう経験を思い出し、見始めの頃はまだ二語くらいしか言葉が話せなかった息子にもムーミンだったら何かを感じ取ってくれるのではないかと思い、見始めた次第。案の定、フックするものがあったようで飽きずに観ているし、なんなら一周目が終わり二周目に突入しても飽きもせずに観ている。
一体何がそうさせているのかと考えてみると、登場人物たちが表現している言葉がどんなシチュエーションであっても静かだけれど前向きなそれを発しているから観ている者にもその前向きさが伝播してくるからなのだろう。それはムーミンたちから観たら俗世で生きる我々にとっては、安らぎのおまじないになっているのだ。
さて、本書『ムーミン谷のひみつの言葉』にはそんなムーミン谷で生きているキャラクターたちが表現している言葉に着目した内容になっている。懲りもせず羽目をはずすムーミンパパ、どこまでも夢見がちなムーミントロール、いつでもクールなスナフキンに、たびたびアイロニカルなミイ。アニメや小説ではなく、コミックスの作中で出てくる言葉をピックアップしているので、毎週慣れ親しんだ言葉たちはあまり出てこないのだが、それでもやっぱりムーミンに出てくる言葉は良いと思う。ムーミン世界の楽しさをぎゅっと凝縮した珠玉のひとコマ、気のきいたフレーズをぞんぶんに紹介した一冊。
ぜひ安らぎのおまじないにかかってもらいたい。
<目次>
ムーミン谷の仲間たち
ムーミントロール / ムーミンママ /
ムーミンパパ / ちびのミイ /
スナフキン / スノークの女の子 /
スニフ / トゥティッキ /
ミムラ / ミムラママ /
ユーレイ / ニョロニョロ /
スティンキー / ウィムジー /
フィリフヨンカ / クリップダッス /
ミーサとインク / マーベル /
プリマドンナ / プリマドンナの馬 /
ブリスク / エドヴァルド /
警察署長 / クロットユール /
シュリュンケル博士 / 警官のヘムル /
正しい市民の会会員 / ムーミン谷の専門家たち /
ソフスとそのいとこ
生きていく知恵
なにかを手にいれようと
思ったとたんに、
めんどうなことがおきるものさ。
恋と愛と友情と
どうして…本のヒロインって、
いつもすてきなのかなあ。
自分がつきあってる相手よりもね…
冒険? それとも危険?
相手は世界をさすらう旅人…。
だけど、ぼくたちは平凡な小市民…。
…そいつは仮の姿で、じつは
荒くれ冒険者なんだと思わせたい!
秩序と自由のはざまで
ママのエプロンだ!
ママがエプロンを捨てるなんて!
かなり、やけになってるな。
いろいろあっても
妻を頭にのせて歩くのを、
わたしが恥ずかしがるとでも
思うのかい?
おわりに
冨原眞弓
1954-2025。ソルボンヌ大学大学院修了。聖心女子大学名誉教授。フランス哲学専攻。 1989年にヤンソン作品に出会い、以後、ヤンソン作品の翻訳・研究を多数手がける。『ムーミン・コミックス』全14巻、『トーベ・ヤンソン・コレクション』全8冊などのヤンソンの訳書のほか、『ムーミンを読む』『ムーミンのふたつの顔』『ムーミン谷のひみつ』『ミンネのかけら』『トーヴェ・ヤンソン』などの著書多数。ほかに『シモーヌ・ヴェイユ』をはじめシモーヌ・ヴェイユに関連する著訳書も多数ある。



