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カナシイホトケ

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カナシイホトケ / 著者・奥山淳志 / みすず書房




空白の重さ




人の「死」を一番最初に体験したのは、小学校6年生の時に信州・上田に住む祖母が亡くなった時だった。ちょうど梅雨時期の日曜日。当時地域のサッカークラブに所属しており、練馬のあたりで地域リーグの公式戦を戦っていた時にその訃報を聞いた。父もコーチとして帯同していて、前半が終わってハーフタイムで監督からの指示が終わったあたりに父が近寄って来て、「もしかすると、新幹線に間に合わないから途中交代もありえるからな」とのことだった。試合前に祖母がもう長くないことは聞いていたが、急も急な話。まがいなりにもそのチームでエースとして活躍していたこともあり、途中交代の前に試合を決めるゴールをしたい、そんな気持ちが自分の中に湧き上がって来た。それは僕だけでなく父の中にもあった気がする。主審の時計ではなく、目には見えぬ誰もわからぬ時間との戦いとして挑んだ後半戦。気持ちを込めて遠目から打ったシュートは見事にゴールネットを揺らし、お約束通りそのゴール直後に交代を命じられた。ゴールを決めた嬉しさよりも、交代を命ぜられた悔しさなんかよりも、その交代が意味することの方が僕にとっては、とてもショックだったのだ。

その後、どのような時間を過ごして信州・上田の祖父母の家に着いたか記憶が定かではないのだが、同じ日の夜に到着し先に向かっていた母と姉に合流した。当時お通夜は自宅で親戚総出で弔問者をもてなす、いわゆる田舎のお葬式だった。夏休みに三輪車を乗り回していた庭先には家紋の入った提灯が灯され、黒い喪服に包まれた大人たちが続々と弔問に訪れる。そんな光景を尻目に、亡くなった祖母の頬に触れた時のあのなんとも言えないひんやりとした重みのような感触がずっと手に残り続けた。それは後にも先にも感じたことはない僕にとっての「死」そのものだった。

葬儀や火葬など滞りなく済み、迎えたその年の新盆。いつもなら楽しみな上田への帰省もこの時ばかりは違った。親戚が一同に集まり、とても賑やかな夏になるのだが、一人いないという空間にぽっかりと空いた穴は、どんな美味しいものがあったり楽しいことがあっても埋められるものではないのだということを思い知ったのだ。

本書『カナシイホトケ』で著者の奥山淳志さんはこのぽっかりと空いた穴を「空白の重さ」と表現していた。どんな弔いをしたとてその空白は埋まることはない。けれど、その重さを少し軽いものに変えてくれるものこそが、日常の中に浸透している祭礼なのではないかと本書を読んでみて感じることができた。

奥山さんは岩手に移住後、カメラを携え東北の祭礼への旅をはじめる。そこで目の当たりにするのは、遠い時代の人が創り出し、信じられてきた、神々や仏を迎え送る豊穣な物語が役割を失い、消えゆこうとしている光景だった。

だが、今も変わらぬかたちで祭礼を続ける人たちもいる――北辺の地で死者と共に生きてきた人びとの営み、その地で己の魂と向き合い祈る人の姿。

東北の風景と人の語りが抱く死者たちを想い、今日の死生観を問う17篇。


〈祭礼は人が作り出した「営み」のひとつだ。人は祭礼という「営み」を続けることで精神的な豊かさや強さを培ってきた。しかし、この変わりゆく世界のなかで、「伝統」というだけでこの「営み」が未来永劫続くと誰もが信じているのだろうか。少なくとも僕が見てきた祭礼の多くは「伝統」の前で立ち止まり、逡巡のなかにあるように思えた。もしかして、祭礼は生まれ変わろうとしているのかもしれない。だとしたら、今がその過渡期という気がしてならない。伝統のなかに遠い時代に生きた人の信仰や価値観を見出しながらも、それを捨ててでもそこに代わる新しい何か、この先の世界を生きる人にとって必要な何かを作り出そうとしている時代が「今」なのかもしれない。ただ、現在がそうした時代だとしたら、誰がその終焉を見守るのだろうという問いが僕のなかにはある。誰が受け継がれてきた営みを前にして「役割を果たした、もう十分なんだ」と声を掛け、見送るのだろうか〉(「赤倉の人」より)



写真をイメージさせるような言葉選びとそこに浮かび上がってくる心象風景。

一読すれば、私たち日本人が何を大切にしていたのかということが自ずと感じられる一冊だ。



<目次>
目 次


岬の光

汀の向こう

父の手のひら

母性の匂い

冬の滝へ

赤倉の人

晩秋の茅刈り――彼の生活 1

オジナオバナ

冬から春、そして夏へ――彼の生活 2

新しい土地へ――彼の生活 3

カナシイホトケ

春日祭

タコ釣りの風景

お盆の光

ろうそくの火

やまはげの夜

あたらしい糸に


写真一覧



奥山淳志

写真家。1972年大阪生まれ、奈良育ち。京都外国語大学卒業後、東京の出版社に勤務。1998年岩手県雫石町に移住し、写真家として活動を開始。以後、東北の風土や文化を撮影し、書籍や雑誌等で発表するほか、人間の生きることをテーマにした作品制作を行う。2006年「Country Songs ここで生きている」でフォトドキュメンタリー「NIPPON2006選出、2015年「あたらしい糸に」で第40回伊奈信男賞、2018年写真集『弁造 Benzo』(私家版)で日本写真協会賞新人賞、2019年写真集『弁造 Benzo』および写真展「庭とエスキース」(ニコンサロン)で第35回写真の町東川賞特別作家賞、2022年令和3年度 岩手県芸術選奨、2024年写真集『BENZO ESQUISSES 1920-2012』(私家版)で第32回林忠彦賞を受賞。主な著書に『手のひらの仕事』(岩手日報社、2004)、『とうほく旅街道』(河北新報出版センター、2012)、『庭とエスキース』(みすず書房、2019)『動物たちの家』(みすず書房、2021)などがある。

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