縁起の思想 / 著者・三枝充悳 / 法蔵館
美しき必然
自分の中で小さなルールがいくつかあるのだが、その一つに会いたい人がいた場合、こちらから連絡をしないということをよくやっている。普通はその気持ちを抑えつつ何かと理由をつけてその相手の人に連絡してしまうかもしれない。
自費出版の北欧のマガジンを制作していたことを考えると、普通の人なら前もってアポを取って、と結構な下準備して行くことだろうと思う。けれど僕はそうしたことは最初の頃はしていたものの、旅を続けて行く中で、人の出会いを作為としてやるのはどうなのかという気持ちに段々となってきてキッパリとそうした類のことをやるのをやめてしまった。
では取材はどうしていたのかというと、前回取材した方に完成した本を手土産に再度訪問すると、大体が「誰それは知っているか」とレコメンドをくれるケースが多く、自分でその取材の流れを作るのではなく、他者から運ばれてくる自然の縁の輪に乗せてもらうような感覚で自分がどこの誰に会うかということをコントロールせずにその時の状況に身を任せ、その一期一会を形にしていったということをしていた。そんなことをしていると、不思議と“向こうの方から”会いたい人がやってくるという展開なども起こったりするから、急がば回れではないが、敢えて待ちの姿勢を取るというのは一つの手なのだと実感しているのだ。
こうしたことをたまたま偶然と捉えるか、然るべき時にそのタイミングが来た必然と捉えるかによってだいぶ見方が変わってくる。見えない何かで結ばれていることを「縁」または「縁起」という言葉で表すことが多い。けれどこうした「縁」や「縁起」という目には見えないけれど、だからといって無いとはいえない概念を詳しく紐解いているのが本書『縁起の思想』だ。
「縁起」とは何か。「縁起」の思想はいかに生まれて育ったのか。そして誰が説いたのか。仏教史を貫く根本思想の起源と展開を探究し、その本来の姿を浮き彫りにする。仏教の常識を覆す画期的論考。著者長年の縁起研究の集大成。
日本には昔から「袖振り合うも多生の縁」という言葉があるように、個々別々と捉えがちな出来事への捉え方も結局のところ深いところで繋がりあっているのだから全てが必然性を纏っているとも捉えることも可能なのだ。
ぜひ「縁」を信じている方もそうでは無い方も手にしていただきたい一冊。
<目次>
まえがき
Ⅰ 「縁起」とは何か
第一章 縁起思想の歴史
第二章 縁について
第三章 「縁起」と「一即一切」―「即」について
第四章 縁起説の根原の無常・苦・無我
Ⅱ 「縁起」と「関係性」
第五章 関係性の思想―仏教における自己ないし自己の現実との関係
第六章 関係(縁)・関係性(縁起)・関係主義(縁起説)
—「縁」から「縁起」への二つの仮説
第七章 関係と認識―十二支縁起説について
Ⅲ 初期仏教の縁起説
第八章 初期仏教の縁起説
第九章 「これがあるとき、かれがある」
第十章 此縁性(イダッパチャヤター)
第十一章 縁起説の正しい理解
第十二章 縁已生と縁起
第十三章 パーリ律「大品」とサンスクリット『四衆経』との縁起説
第十四章 縁起思想史におけるサーリプッタとナーガールジュナ
解説 一色大悟
初出一覧
索 引
三枝充悳
1923年静岡県生まれ。
東京大学文学部哲学科卒業、大学院(旧制)修了。ミュンヘン大学留学後、國學院大學助教授、筑波大学教授、日本大学教授、東方学院長等を歴任。筑波大学名誉教授。文学博士。Ph.D. 勲三等瑞宝章受勲。
著書に、『東洋思想と西洋思想 比較思想序論』(春秋社)『インド仏教思想史』『世親』(いずれも講談社学術文庫)『仏教入門』(岩波新書)『大乗とは何か』(ちくま学芸文庫)『龍樹・親鸞ノート』『ブッダとサンガ 〈初期仏教〉の原像』『三枝充悳著作集』全8巻(いずれも法藏館)など多数。2010年10月19日、逝去。
