スロー・ルッキング: よく見るためのレッスン / 著者・シャリー・ティシュマン / 東京大学出版会
世界を得ていくこと
最近、クラフトという言葉の輪郭をなぞり直してみているのだけれど、とあるアーティストへのインタビューの中で、そこには「意識」ということとそれを元にして何を「見る」かということが非常に重要であることを実感した。目に映る以上のことを時間をかけて丁寧に観察することと言い換えてもいいかもしれない。「見る」と言ってもそれは視覚だけを頼りにするものでもない。その状況の触覚や香り、はたまた味なんてものも時として「見る」ことに通じてくるのだから。
一本の映画を観た後に自分のこころの中に印象として焼き付いているものや、じんわりと浮かび上がってくる幻影は、昨今のスマートフォンに流れてくるショート動画の中からは感じることができないのは、やはり、見えていることと「意識」を持って見ていることとの違いを感じさせてくれる。
ゆっくりと丁寧に見るということは、互いの世界を交換することなのだと本書『スロー・ルッキング: よく見るためのレッスン』を読んだ後に感じることができた。本文中にそうした文言があったかどうかは、付箋などを貼って読みこむようなやり方で読んでいないので、定かではないのだが、こうして思ったことは、自分のこころの中に浮かび上がってきたこと見た結果であって、これもある種の「見る」ということだったのかもしれないと改めて気付かされた。
本書で語られるゆっくりと見ること、つまり「スロー・ルッキング」の定義は難しくはないと語られる。一見して目に映る以上のことを、時間をかけて丁寧に観察するという言葉にすれば単純なことなのだけれど、現代人にとってそれはなかなか難しい。けれど、教室で、美術館で、研究室で、インターネットで、裏庭で、近所を散歩しながらなど、人びとが世界を時間をかけてじっくりと観察するということは、実はあらゆる場所で起こっているのだ。そう、あなたがそこに「意識」を向ければ。
ゆっくり見ることは世界を得ていくことに繋がる。
そんな世界をもっともっと感じてみたいと思わせてくれるような一冊。
●吉川浩満氏(8/28『週刊文春』)
本書の美点は、ゆっくり見ることを技術と訓練の問題と捉え、そのやり方を読者に向けて具体的に提示してくれる点にある。ゆっくり見ることを称揚するだけの精神論ではない。
●野矢茂樹氏(6/28『朝日新聞』)
しかし、ゆっくり見るためには技術が必要なのだ。漫然と見ていてもふつうはただぼーっとするだけだろう。(中略)だから、スロー・ルッキングはトレーニングしなければいけない。さらに、私みたいなせっかちな人間はもう少し性格を変えなくちゃいけないだろうし、未知のものや細部や関係性に対するアンテナを鋭敏にしなくちゃいけない。
●ドミニク・チェン氏(6/22『読売新聞』)
著者は、ゆっくり見る実践は認識論的な美徳をもたらすという。つまり、人がどのような知識を作り出すかということは、人がどのように世界を知覚し、気づきを得られるかということにかかっているのだ。だからスロールッキングの実践は、「物事の複雑さを理解することを優先し、判断を先延ばしにすることに重点を置いている」という。
●秋田麻早子氏(6/7『日本経済新聞』)
スロー・ルッキングの効用は教育の分野だけにとどまらない。それは複雑な世界を複雑なまま受け止め、ゆっくりと理解を深めていく姿勢を養う方法でもある。鍛錬は必要だが、誰にでも習得できる性質のものだ。あらゆる分野で有意義な方法と言えるだろう。
<目次>
序文
第1章 はじめに:スローということ
第2章 見るための方策
第3章 スローの実践
第4章 見ることと記述すること
第5章 博物館で見る、確かめる
第6章 学校で見る
第7章 科学のなかの「見る」
第8章 スロー・ルッキングと複雑さ
第9章 おわりに:スローから考える
訳者解説(北垣憲仁・新藤浩伸)
シャリー・ティシュマン
ハーバード大学教育学大学院講師
ハーバード大学教育学大学院の研究開発センターであるプロジェクト・ゼロのシニア・リサーチ・アソシエイト。思考と理解の発達、芸術における学習、芸術を通した学習を中心に研究している。主な共著に“Maker-Centered Learning: Empowering Young People to Shape Their Worlds”(Jossey-Bass, 2016)、“Critical Squares: Games of Critical Thinking and Understanding”(Teacher Ideas Press, 1997)、“Thinking Classroom, The: Learning and Teaching in a Culture of Thinking”(Allyn & Bacon, 1994)など。



