長い旅の途上 / 著者・星野道夫 / 文藝春秋
人生の豊かさとは
夕方のノルウェー・オスロ空港の待合ゲートでこの先の旅の行方を案じていた。
その日はオスロからフィンラインド・ヘルシンキに飛行機で移動し、いつもであればヘルシンキで一泊するところ、その足で高速バスに乗り込み、フィンラインドの古都・トゥルクに移動する算段だった。というのも東京で一緒にデザインプロジェクトを行なったテキスタイルデザイナーSaana ja Olliのサーナとオッリの家に泊まらせてもらい取材をする予定になっていたからだ。
どうして行方を案じていたのかというとその時寒気がスカンジナビア上空に入り込んでいて外は雪景色で予報を見るとフィンランドは大雪の予報が出ていたのだ。23kgのスーツケース2つにはパンパンに入ったヴィンテージ品などがあり、雪の中で無事にトゥルクに到着できるのか心配だったのだ。
ヘルシンキで高速バスに乗り込み、2時間ほどの道のりなのだが、案の定というかバスはエンジントラブルの故障をしてしまい、途中応援のバスに交代するためにどこの場所かも分からぬ場所に降ろされ、真っ暗闇の高速道路にただただ待つという状態になった。乗客もまばらで時間にして30分ほどだったのだが永遠にこれが続くのではという恐怖に苛まれたのだった。
そんな狼狽はなんのその、しっかりと代わりのバスに乗り込むことができて無事にトゥルク中央駅でサーナとオッリと落ち合うことができた。その頃には外気はマイナスを突破し、雪は膝上まで積もっていた。なんとか彼らの車で家まで移動して芯まで冷えてしまった体を暖炉で温めていると、「リーシプーロ」というフィンランドのミルク粥を出してくれた。日本のお粥とは少し異なり、ミルクと米、そこにバターと砂糖、最後にシナモンがかけられた熱々の「リーシプーロ」は冷えた体だけでなく、心細かった旅のこころまでも温めてくれたのだった。
一人旅をしていると、なんだか少し優越感が湧いてくることがある。それと同時に自分は何者でもないという少々不安な気持ちにもなってくる。旅を続けていると、そんな慢心と不安を一緒に解消してくれる存在は、人との出会いなのだと痛感する。それがたくさんあることが人生の豊かさなのではないのだろうか。
さて、そんなことを実感させてくれるのが、星野道夫のエッセイ『長い旅の途上』だろう。都市を行き来しているだけの自分とは異なり、あらゆる先住民族がいる最果てを旅し続けてきた氏の渾身のエッセイだ。
きっと、人はいつも、それぞれの光を捜し求める長い旅の途上なのだ――。1996年、カムチャツカで熊に襲われて世を去った著者が残した、最後のメッセージ。過酷な自然に生きる人間や動植物、そして極北の大地に注がれたまなざし。人生の豊かさとは、人間の幸とは、いま改めて我々に問いかける静かな声がここにある。
本書は遺稿集として編集されたもので、既発表で単行本未収録の文章を可能なかぎり盛り込むことを編集方針とした一冊。極地を撮り続けた写真家が綴った人と自然にまつわる優しい世界が広がる。アラスカのことをメインにした76篇のエッセイと、カラー写真もふんだんに収録。
この一冊と一緒に人生の本当の豊かさを考えてみてはいかがだろうか。
<目次>
「アラスカ風のような物語」から(ベリー・ギルバート;ハバード氷河;少女・アーナ;アラスカ・グレイブストーン(墓標)
セスナの音
シールオイル
カリブーの谷
グリズリーに挑んだムース
ラッコの海
風の鳥 ほか)
星野道夫
1952年千葉県生まれ。慶応大学経済学部卒業。アラスカ大学野生動物管理学部に留学。86年アニマ賞、90年木村伊兵衛賞受賞。96年、カムチャツカにて逝去。



