nikki childhood / 作者・Isamu Hazama / between in between
記憶の再耕
誰しもが記憶の中に原風景のような景色を持っていることだろう。時にそれは自分自身が帰るべきこころの拠り所になり得える。人によってそれは自然豊かな風光明媚なそれかもしれないし、はたまた日常の一瞬を切り取った光景なのかもしれない。
自分はというと信州・上田の祖父母の家から街中を眺めた景色やその家の前にある小さな庭だったりする。不思議なのが東京で育ったはずの自分が今そこに立ち、田畑を耕しているということなのだが、そんなことはきっと稀で、ある種、恵まれたことなのかもしれない。
夏の暑い日に食べたスイカの皮を仕掛けて翌日に祖母や父と一緒にカブトムシを獲りに行ったことを思い浮かべ、日々の農作業の合間にその場所あたりを眺めてみると、その場所に当時のものはないはずなのに、それらの残像のような確かな時の流れを感じるのはとても不思議なことなのだ。
こちらのアートブック『nikki childhood』は、和歌山を拠点に活動されている硲勇さんとハザマサキさんによるセルフパブリッシング・ レーベル「between in between」の作品。この作品を手にした時に、自分のこころの中に出てきたものは先に挙げた風景だった。
『nikki childhood』の題材となっているのはニッキの木。昔里山で根をかじっておやつとして食べられていたそうだ。ニッキ(ニッケイ=肉桂)はクスノキ科の常緑広葉樹で、香辛料としてよく知られている。シナモンと似た甘い香りがするが、シナモンはセイロンニッケイの樹皮を使用するのに対して、ニッキは根っこの皮の部分を利用する。樹皮、木部、葉っぱからも甘い香りが漂う。京菓子の生八橋で定番の味わいとして展開しているそれの味を思い浮かべていただければなんとなくイメージが湧くかもしれない。
地元のお年寄りは山のどこに何の木があるのかよく知っているそうだが、特にニッキが生えている場所は正確に把握している。子供のころに根っこを掘り出して、おやつとしてよくかじったそうだ。こうしてお年寄りから聞いたニッキの思い出話をもとに制作したコレクションを、子ども時代の記憶をたどるように室内に配置し写真におさめたのがこちらの『nikki childhood』。
硲さんが調査をする中で、地元では木材として活用したという話を聞くことができなかったそう。他の樹種と比べて乾燥した際の収縮率が大きく割れやすいのと、香りのせいか虫が入りやすいからなのか木材としてあまり扱いやすい樹種ではなく、根っこに価値があるためそもそも伐採して材として活用するという考えにならなかったのかもしれない。
そうした経緯もありながら、里山に今も残る炭焼きにヒントを得て、すべての表面を炭化させることにしたそう。不完全な形やテクスチャーは成長途中の子どもを思わせ、それ自体が影のようなシルエットは子ども時代の気配を感じさせるようなオブジェとなっている。
印刷されている楮の和紙がそうさせるのか、制作されたニッキのオブジェやそれを望遠撮影された写真がそうさせるのかわからないが、自分の知らないはずの遠い記憶が呼び起こされているような感覚を味わうことができるはずだ。
生きる佇まい、確かな時の流れをぜひ感じ取っていただきたい。
※ポッドキャスト『面影飛行』でもこちらのアートブックについてより深く語っています。あわせてお聞きください。
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里山で根をかじっておやつとして食べられていたニッキの木。
お年寄りから聞いた思い出話をもとに制作したコレクションを、子ども時代の記憶をたどるように室内に配置し写真におさめた。
─ 楮紙に顔料インクジェット印刷
楮紙の紙縒り綴じ
※特別版のみ、ニッキの木片が付属します。
size: 15cm × 18cm
16 pages
ISBN: 978-4-9912712-4-3
(版元より)
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