杉本博司 江之浦測候所 / 著者・杉本博司 / 小田原文化財団
ものの導き、視界の行末
ひょんなことから古いものを扱うこととなった。とはいえ、今現在はそれほどでもない。きっかけは北欧のクリエイターたちにインタビューをまとめた雑誌を作るというところから。当時のボスにインタビューで現地に行くなら、その土地の古いものを買ってみたら、といった何気ない言葉からスタートした。スーツケースいっぱいに取材の合間に買い付けた現地のヴィンテージを詰め込み、ボスにそれを見せてあーだの、こーだのと二人で話す。そんなオーディションのような緊張感と自分がこれは価値があるのではないかと見定めたものの尺度が毎回広がっていくことを実感し、確かな手応えのようなものを感じていた。まさに自分の視野や視界が広がっていくような自由さを感じ取ることができたのだ。そしてものを扱っていると、ものが自ずと集まってくるような状況も生まれた。正確にいうと、ものが物理的に近づいてくるということではなく、そのものにまつわる情報が絶妙なタイミングで近づいてきて、そのものが自分の眼前に現れてくるのだ。まさにものの導きといった具合である。こうして過ぎゆくものとそうではなく自分でしっかりと対価を払って手にしたものが入り混じり、自分の眼となっていた。
さて、自分のエピソードの後に杉本博司さんの名前を出すのは、恐縮でしかないのだが、まさに自分が体験したものの導きから視界が開けていくようなことを時代性然り、物理性然り、私には到底考えられないスケール感で具現化しているのが小田原にある氏が自身で遺作とも言っている『江之浦測候所』だ。
現代美術作家・杉本博司が20年以上構想し、2017年に開館した本施設は、杉本が設立した小田原文化財団の拠点として、古今の日本の文化を融合し、時代を超越する芸術と建築の複合施設として誕生した。
相模湾を見渡す丘陵地に佇む江之浦測候所は、日本から世界へ向けて芸術と文化を発信し、人類とアートの原点へ立ち戻る場として設計されている。施設内には、全長100メートルのギャラリー、野外の石舞台や光学硝子舞台、再現された16世紀の茶室、移築された室町時代の明月門などが点在し、訪れる人々に壮大な眺望と時間を超えた体験を提供する。そこには時空間を超えた調度品や自然構造物があるのだが、それは感覚を開く糸口やきっかけにすぎず、この施設を通じた”地球”体験こそ、杉本博司がアートとして形にしている状況なのだろう。
このたび刊行された『杉本博司 江之浦測候所』は、この地で行われてきた多彩なプロジェクトの軌跡を記録した一冊だ。四季折々、そして刻々と移ろう光と影を捉えた写真の数々は、杉本の創作活動の集大成ともいえる総合芸術作品に秘められた創造のビジョンを鮮やかに映し出す。
杉本博司
1947年束京生まれ。1974年よりNY在住。活動分野は、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐にわたる。2008年建築設計事務所「新素材研究所」、2009年公益財団法人小田原文化財団を設立。日本の伝統芸能振輿に努め、国内をはじめパリ・オペラ座、ニューヨーク・グッゲンハイム美術館、ニューヨーク・リンカーンセンター、マドリード・エスパニョール劇場なと世界各地で公演を手掛ける。主な著暑に『アートの起源』『江之浦奇譚』『杉本博司自伝 影老日記』など。1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年秋の紫綬褒章受章。2013 年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲、2017年文化功労者、2023年日本芸術院会員に選出。






