自転車日記 / 著者・デヴィッド・バーン / 鹿島出版会
自転車からの都市論
先日クライアントワークでオウンドメディアの編集のお仕事をさせていただいている橋本左研という東信で活躍している左官職人の橋本さんとその保育園の恩師と一緒に上田市街地から別所温泉まで自転車でサイクリングするという企画を立てた。上田市街地から別所温泉まで車で30分。緩い坂道はあるにせよ、1時間も自転車を漕いでいれば到着できるようなそんな距離感だった。
実際に走ってみると、いつも車で通る道もどういうわけか違って感じられるし、自転車だからこそ選ぶ道というものもあり、とても新鮮な肌感覚として記憶している。自転車は徒歩よりも早く、なおかつ車よりも機転を効かせやすく、やっぱりやめたと方向転換も容易にできるのだ。そして何より自分でペダルを漕ぐという身体性が伴うことでその距離に応じて自分の中で確かな経験として残っていくような感覚を得ることができるのだ。身体感覚としてその場所を体感できるという視点が非常に面白い乗り物だ。
この自転車と身体性、そしてその記憶をまとめているのが本書『自転車日記』なのではないだろうか。著者は、元トーキング・ヘッズ、現在ソロアーティストとして活躍するデヴィッド・バーン。彼は、自転車を愛するミュージシャンとして知られる。ツアーで世界の都市をめぐる際に、折りたたみ式自転車を持ち込むというからホンモノだ。
ペダルを漕ぐことでしか進めないシンプルな二輪の乗り物から見えてくる都市の表情が、旅人としてその地に降り立った著者の思考を絶え間なく刺激する。とめどなく広がる思考の軌跡は、街の人びととの交流や表現活動に触発されながら、目に映る風景をありのままに描き出す。そこには、自らの内省が織り込まれるとともに、社会、政治、経済、歴史、格差問題など、都市の抱える課題も見え隠れしている。
2000年代にいち早く、徒歩でも車でもない自転車移動の視点から綴られたこの稀有な都市論は、デヴィッド・バーンならではのユニークな洞察と先見性によって、昨今の自転車政策の課題を浮かび上がらせる。それは都市景観の証言としていまなお色あせることなく、むしろ生き生きと、社会や人びとの生き方と関係したカウンター・カルチャーとしての「自転車」を位置づける。
彼が自転車を乗り、その都市をどう感じたのかということが身体感覚として語られていることで、より説得力を増しているような感覚を覚える。
この一冊を読み終える頃には、自転車に乗って都市というものをもう一度考えたくなるのではないだろうか。
「そう、こうした街のほとんどでは、ぼくは大体ただの通りすがりにすぎなかった。だからそこでぼくに見えていたものがそもそも浅い、限られたもの、どこまでも個別的なものだといわれればその通りだ。この本でぼくが都市について書いている多くのことは、街を鏡にした一種の自己観察みたいなものともみなせるだろう。しかし同時に、わずかなあいだ滞在する旅人が、些細なものや表に現れた具体的な事柄を読み解くときには、もっと大きな全体像や、その街がひそかに抱える思惑のようなものが、ほとんど自然に浮かび上がってくることもあるとぼくは思っている。経済は店先に、歴史は建物の玄関口に姿を現すはずだ。顕微鏡を近づければ近づけるほど、不思議と視野が広がっていくこともあるのだ。」(はじめにより)
<目次>
日本語版刊行に寄せて
序文―この先の移動
はじめに
第1章 アメリカの都市
第2章 ベルリン
第3章 イスタンブール
第4章 ブエノスアイレス
第5章 マニラ
第6章 シドニー
第7章 ロンドン
第8章 サンフランシスコ
第9章 ニューヨーク
エピローグ―これからの移動のかたち
訳者あとがき
David Byrne
1952年英スコットランド生まれ。ニューヨーク在住。
1974年に「トーキング・ヘッズ」を結成。87年、坂本龍一らと共作した映画『ラストエンペラー』のサウンドトラックでアカデミー賞作曲賞を共同受賞。91年のバンド解散後はソロ作品をリリースする一方、南米やカリブ地域を旅し、自身のレーベル「ルアカ・バップ」やネットラジオを通じて各地の音楽を積極的に紹介。2018年のアルバム『アメリカン・ユートピア』はブロードウェイで舞台化され、スパイク・リー監督による映画も制作された。最新アルバムは『Who Is The Sky?』(2025年)。
著書に野中モモ訳『音楽のはたらき』(イースト・プレス、2023年)ほか。
非営利メディア『Reasons to Be Cheerful』を主宰するなど社会問題にも積極的に発信する。 自転車を愛するミュージシャンとして知られ、1980年代から世界各地を自転車で巡り、ニューヨーク市の自転車インフラ整備にも関わってきた。



