いそがない冒険 / 著者・山若将也 / キツネ出版
「遅さ」礼讃
「時差」をよく感じる。20代から30代にかけてヨーロッパ方面によく旅をしていたから日本時間と現地時間のズレによる「時差」だ。さらにどういうわけかそんな「時差」に自分の体はなかなか適応されず、滞在1週間を過ぎたあたりでようやく体が慣れてきた。でもそんな時には、もう翌日のフライトで日本に戻らなければならないなんてこともあった。「時差」による体調不良を体感しにでも行っているのか、とツッコミを入れたいところだった。
東京から信州・上田に移住をした際にも「時差」をよく感じていた。先の海外への渡航による「時差」が時空間における「時差」であるならば、こちらの「時差」は意識による「時差」とも言えようか。そんな感覚だった気がする。
当時は、リモートで業務委託先と連絡をこまめにとりながら業務を遂行していたのだが、こうした状況が2年ほどになるかどうかというタイミングで、明らかな時間感覚による意識のズレとしての「時差」が生まれた。今振り返ってみると、それは海外の時空間による「時差」よりもきついものがあったように思う。その頃は、畑などをすでにスタートしていたこともあり、こちらは季節の巡り、自然に寄り沿いながらの生活がベースにある中での時間を過ごしており、クライアント側は速さや効率化、合理化された都市生活のリズムやそこからくる時間感覚や価値の中で全てが動いている、いや人間がコントロールしている集団意識下で動かされていると言った方が正確な気がしている。こうしたズレが起こってもうなづけるはずだ。
今はそうした「時差」を感じることもなく、自分の時間、いや自然の時間の中で生きることができている。きっと都心で働いていた頃よりもスピード感は確実に遅くなっているだろう。頭の中のCUPも40%を動かしているかどうかみたいな感覚だ。それを後退と思われてしまっても仕方がないかもしれない。けれど、本書で「遅さは喜びの入り口である」という文章を見つけて、そう、そうなんだよと声を出してしまいそうにうなづいたのだった。
さて、本書『いそがない冒険』は著者の山若将也さんが2023年夏、突然意識を失ってコンクリートの地面に後頭部を打ちつけたところからスタートする。
治療や回復の中で、以前の半分以下のスピードでのろのろと動く、悪い冗談のような日々のなかで、不思議なことが起こりはじめたそう。こうした実体験をベースに彼自身の言葉で文章が紡がれているのがとても興味深い。
あらゆるものを失ったかに見えたその出来事は、新たな冒険のはじまりだったと語る。見慣れた都市生活を、「遅さ」によって生きなおす方法について、”冒険”と”ガイド”の2つの視点から明らかにする。
怪我の痛みを行間にひそませながら、ひとりだけ最後尾からゆっくりと歩く。とある雑誌編集者が多忙な日常のなかで意識を失い、喪失を経て辿り着いた刺激的な「遅さ」のたしなみをまとめた一冊。
読み終えた頃には「遅さ」というのはマイナスなことではなく、新たな視点を得る一つのきっかけであることがわかるはずだ。
<目次>
冒険1 速さの喪失 / ガイド1 速さに囚われた社会で
冒険2 遅さの発見 / ガイド2 遅さは獲得である
冒険3 遅い歩行 / ガイド3 飼い慣らされない歩きかた
冒険4 遅い家事 / ガイド4 生活を自治する
冒険5 遅い鑑賞 / ガイド5 「読む」による感性の回復
冒険6 遅い執筆 / ガイド6 「書く」という自己変容の技術
冒険7 遅い習慣 / ガイド7 反復で未来を彫刻する
冒険8 遅い仕事 / ガイド8 遊びと仕事の分割線を解く
冒険9 遅い創作 / ガイド9 上手さの呪いから出る
山若 将也
1985年石川県生まれ。法事の日に暇すぎて源氏物語を読んでいたら、親戚一同に大袈裟に褒められ、小学生ながら「どうやら、本とは、良きものらしい」と知る。大学卒業後、出版社勤務を経て独立。モウタクサンダ・マガジンという、今思うとちょっとアレなタイトルの雑誌を創刊。フリーマガジンTOKYO VOICEの創刊に携わる、出版レーベル1.3hイッテンサンジカンを設立する、など編集執筆業に取り組んだのち2023年に卒倒。脳を負傷。それを機に遅さに目覚める。今さらながら執筆の面白さを知り、毎日書き、驚いている、今日も。2025年、遅さをテーマにした雑誌「Deeelay Manners(ディレイ・マナーズ)」を創刊。



