語るに足る、ささやかな人生 / 著者・駒沢敏器 / 風鯨社
人生の主人公
北欧に初めて旅をした時の心情を思い返すと、「一人で生きたい」という気持ちが非常に強かったように思う。そんな気持ちでいるのならば大学生の時に一人暮らしをすればいいように思うのだが、実家から電車で30分で通える場所に大学があったこともあり、何かと理由をつけて一人暮らしをする選択はしてこなかったのだ。
誰にも干渉されず自分の力で生きていこう、いや生きていきたいなと思い、初めての地フィンランドのヘルシンキに到着した。中央駅からホテルに向かおうとするものの、地図を見ても東西南北の感覚が掴めず辺りをキョロキョロしているとベージュのコートを着た女性が「どうしたの?」と声をかけてくれた。当時自信も何もない片言の英語でホテルに行きたいけれど場所が分からないということを伝えると、その女性は親切にも一緒に連れて行ってくれるとのことで事なきを得た。夕飯は軽めにパンとサラダで済まそうと近くのスーパーの地下食品売り場で買おうとしても買い方が分からず30分以上辺りをウロウロ、そんな様子を見かねた店員さんが丁寧に量り売りの買い方を教えてくれた。
「一人で生きたい」と息巻いていたのにもかかわらず、異国の地であっけらかんと何かをへし折られた感じがした。けれど「一人で生きる」なんてことは若気の幻想でしかなく、それが海外であっても日本であっても、都市であっても地方であっても結局はその場その場にいる方たちと関わり合いながら生きていくしかないということは、地球の真理なのだなと悟ったのだ。その瞬間、自分が人生の主人公になった気がしたのだった。とても大袈裟な話なのだが。
さて、本書『語るに足る、ささやかな人生』は、著者の駒沢敏器さんが都会はいっさい通らずに、そこに住んでいる人以外は誰も知らないようなごく小さな町“スモールタウン”だけをつないで全米を横断する旅、そしてその中で出会ったささやかな出来事について物語っている一冊だ。本書を読んでいると先の自分が初めて旅先で感じた感覚が呼び覚まされたのだった。
本書に出てくる出会った町の人々は、誰もが人生の主人公だった。
語るべき内容と信念を人生に持ち、それでいて声の大きな人物はひとりもいなかった。
大きな成功よりも小さな平和を、虚栄よりも確実な幸福を、町の住民に自分が役立つ誇りを、彼らは心から望んでいるように見えた。
アメリカのスモールタウンを巡る、極上のトラベローグ。
<目次>
はじめに スモールタウンへようこそ
1 夕闇のドライヴイン・シアター―サウスダコタ州ウイナー
2 神に見離された場所―サウスダコタ州ウォール
3 幽霊の棲む館―ニューヨーク州スプリングヴィル
4 温もりの夜の中へ―ウィスコンシン州ダーリントン
5 芝生の暴力―イリノイ州ディクソン
6 警察に届いた電話―ミネソタ州ウェセカ
7 最も素晴らしいスモールタウン―インディアナ州モーガンタウン
8 青いトマトのフライ―ミシシッピ州ベルゾーニ
9 谷あいの寂しい音―アーカンソー州マウンテン・ビュー
10 ホテル・ブルックリン―アイオワ州ブルックリン
11 赤い荒野のロディオ―テキサス州アンソン
12 夕陽に輝くネオン―ニューメキシコ州ギャラップ
13 さようなら、スモールタウン―アリゾナ州セリグマン→カリフォルニア州パームスプリングス
おわりに 語るに足る、ささやかな人生 遠く星空の下で
駒沢敏器
1961年東京都生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経て、作家、翻訳家に。主な著書は、小説に『ボイジャーに伝えて』『人生は彼女の腹筋』、『夜はもう明けている』、ノンフィクションに『街を離れて森のなかへ』、『地球を抱いて眠る』、『アメリカのパイを買って帰ろう』、翻訳に『空から光が降りてくる』(ジェイ・マキナニー)、『魔空の森 ヘックスウッド』(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)、『スカルダガリー』(デレク・ランディ)。2012年逝去。

