vol. 1 縦と横の交わるところ
面影 book&craft で季節ごとにアートブックを紹介していく試み「trace」。
「trace」=足跡をたどる、遡って解読する
アートブックの作者であるアーティストたちの視点をより自分の感覚にトレースしながら愛着ある一冊と出会えるように
錦 多希子さんによる一冊のアートブックに着目した連載コラムが始まります。
Entendue
CharlotteDumas
いちプレイヤーとしてただ疾走することに躍起になっていた青年期を過ぎ、中年期に突入してからは「どう繋ぐか」と思案することも増えました。この視座を掘り下げていくうえで、オランダ出身で写真や映像制作を展開するシャルロット・デュマのまなざしに着目してみます。
その20年以上にわたる芸術的実践において、デュマは現代社会における動物と人間との関係性を主題として、馬や救助犬といった人間とも密接な動物たちを映し出してきました。『人間性のあり方は、動物との関わり方を通して読み解き、学ぶことができ得る』という考えは、作品における極めて重要な筋道として据えられています。日本との関わりも深く、日本に残る在来馬を被写体とした写真プロジェクト『Stay』のために滞在したこともありました。2020年に銀座メゾンエルメスフォーラムで開催された「『ペゾアール(結石)』シャルロット・デュマ展」が記憶に残っている方もいらっしゃるでしょうか。
進行中の作品シリーズと同じ名を授かったこの本、まずはいきさつから眺めてみましょう。父と幼き娘はかつて動物園を訪れ、そこで象をスケッチしました。画家であった父は楽々と描き、娘に動物を注意深く観察することを教えてくれました。晩年に病が彼を蝕んだとき、最後に一度だけ、ふたりでこの象たちを訪ねます。その日の彼のドローイングは抽象的で、感覚的な表現でした。のちに娘は父のハーフサイズカメラを携えてこの地に戻り、ちいさなフレーム越しに象たちの姿を撮影するに至ります。デュマが父のカメラで撮影した白黒のイメージ、父の初期作たる木炭画や最晩年に描いた象のドローイング、父娘がともに描いたインク画。色彩が削がれることにより対象の本質が際立ち、本来そのものが孕むひかりが粒立つように輝きを放つ。視覚を通して、内側から放たれた純度の高いエネルギーに触れる体験を与えてくれます。
デュマ自身の幼少期の記憶や父と分かち合った体験をたどれば、ここにも動物の存在がありました。ひとりの人間として、また表現者としても、ここぞ原点なのでしょう。それにしても、象の穏やかな瞳や年季の入ったような肌理には、大樹ないし長老のような円熟した風情があり、老いていく者の姿とも相通じるものがあります。だからでしょうか、わたしには、象とデュマの父親とが重なって映りました。まるで象が父のメタファーであるかのように。もしくは、父娘の間で共有され受け継がれたものを象徴する生き証人、とも捉えられそうです。
家族というの輪のなかで、そしてひとりひとりの人生という隔たりを超えて、先人から何を受け継ぎ、どう受け止め、次に続くものたちにどう託すか。本作では血縁をひとつの着眼点としますが、それに限らず、仕事をはじめさまざまな活動を為すチームや組織、あるいは地域社会のような構造体でも同じこと。同時代という横の軸、世代を超えて脈々と伝わりゆく縦の軸。生きとし生けるものはもれなく、このふたつの軸の交点に在る。ここにいまの自分がいて、誰しも他者とのつながりのなかで存在するのだと思い知らされます。これに加えてもうひとつ、大切なことを教えてくれました。たとえあるひとがこの世を離れても、関わった者たちの内にずっと生き続けていくこと。遺品や遺作だけでなく、当人の人柄や生きざまといったものも同じように、色褪せることなく温かなものとして留まります。直に会えなくなっても、心のなかでつながっていられる。かたちないものもたしかに受け継がれていく。そのことに勇気づけられ、励まされます。
words:錦 多希子|Takiko Nishiki
錦 多希子 | TakikoNishiki
主にアートブックの選書や執筆を軸に活動する
発信の場としてnoteでの日記更新、Podcastでの音声配信:tinyvoiceちいさなウェブストア:tinywebstoreをいとなむ




