ことばの記憶:vol.12 サンタクロースがやってきた
サンタクロースがやってきた。今年も無事に。3歳にもなる息子がいるとサンタクロースという話題が、この時期が近づくにつれて自然とよく出てくる。それ故、ここしばらく人生の中で考えることのなかった「サンタクロースはいるのか」ということについて考えることも増えてきた。持論の結論をいうと「サンタクロースはいる、ただし限られた人とって」だ。息子にそのことを訊ねると、「いるよ。森の奥の方に。」と夢のあるファンタジーな答えを言ってくれるのがなんだか微笑ましい。
さて、サンタクロースがいるという結論に達するまで、特段そのことについて考えていなかったのだが、件の理由によりサンタクロースという“架空”の存在を認識し始めた息子の影響もあって、そのことを意識せざるを得なかった。子が認識し始めると、その親は色々なことを画策せざるを得なくなる。プレゼントは何がいいのだろうか。買ったプレゼントはどこにしまっておこうか。ここだと見つかってしまうのではないのか、よしここは見つからないだろうといっても、いや今度はプレゼントを出す時に物音が大きくなりすぎてバレてしまいそうだ、などなど。いやはや、考えることが多分にある。
方や息子の方も我々親たちが「〇〇しないと、サンタさん来ないよ!」といったようにことあるごとにこんな常套句を使っていたせいか、当日がだんだんと近づくにつれてきっと彼の中で自らの行動を省みたのだろうか、果たして今の自分のところにサンタさんは来てくれるのかと思案し始め、明らかにいつもと異なる様子でソワソワし始めているから面白い。
そんなソワソワを抱えながら当日を迎える。せっかくだからと普段は作らないちょっと手をかけた料理を拵えたくなるから、今年は一年で一番ハマったといってもいい特製のハヤシライスを息子のリクエストもあって作った。そしてケーキは隣町のターブル・ヒュッテというパン屋さんが作るタルトタタンに。当日分がまだあるかとメッセージで聞いてみると、あるとのこと。少しの安堵と美味しさへの期待を胸に、夕方雨降る中ケーキの受け取りに行く。あたりが暗くなり始めた中にポツンとオレンジ色の明かりが灯っていた店内に入ると小麦の優しいそして温かい香りに包まれた。お目当ての品を無事に受け取り、ああこれでクリスマスに向けたタスクが完了した、そう思った時に店主の方が「良いクリスマスの夜を!」と大きくもなく小さくもない声を掛けてくれた。その瞬間、僕の中にあったソワソワがなんなのかが分かり、それが一気に晴れた瞬間だった。
このソワソワの正体こそがサンタクロースなのではないだろうか。限られた人にとっているというのもそういう訳なのだ。実際にプレゼントやパーティーへの準備をやっている本人たちの中にはソワソワというサンタクロースが確かに存在している。だから小学2年生の時にサンタさんにお願いてもらったゲームボーイの保証書に押してある購入店欄に近くのイトーヨーカドーのスタンプが押してあるのを見つけた時に僕の中のソワソワは無くなってしまった。けれど今度は親の立場としてまたソワソワし始めている。またサンタクロースはやってきたのだ。
来年も、再来年も、そしてずっと先も、ソワソワしていたいものである。