ユーシカフェ日記 / 著者&版画・本城桃、詩・栗田脩
偶然の奇跡と軌跡
学生時代に毎日決まって同じ時間の同じ車両の電車に乗っていると、直に言葉は交わさないけれど、互いに互い同士を認識しあうという経験は誰しもがあるはずです。妄想の域を超えないけれど、きっとあの人の家族構成はこんなだとか、昨日は会社で嫌なことがあったのだろうなと思ったりなど、通学時間の暇つぶしには持ってこいの妄想時間でした。
出会うということを目的にせずに偶然と出会うということは、その人生の奇跡、いや軌跡を見ているようでそうした瞬間に出合っただけでもラッキーなのかもしれません。先に書いたような電車の中ではなかなか声を交わすことは難しい状況ですが、半パブリックな場所としては、カフェや飲み屋など飲食を共にするということはそうした奇跡や軌跡を見る瞬間は可能性として自ずと高くなってくるはずです。
出会うことが目的となっていないということでいうと、旅もそうかもしれません。つまるところ自分の領域外にまずはでていくということがそうした偶発性を呼び込む一つのきっかけになってきそうだなと感じます。
さて、そうした偶然の奇跡と軌跡を垣間見た様子をまとめているのが本書『ユーシカフェ日記』です。現在omokage groceryでも焼き菓子を提供していただいているdaenの本城桃さんが佐久市・望月のYUSHI CAFEで働いていた頃にカウンター越しの“劇場”という名の日常を日記としてまとめた一冊になっています。
手に取った方たちからすると、YUSHI CAFEに通っている方ならまだしも、この日記に登場してくる人物の誰一人どんな人かわからないのですが、一日一日と読み進めていけばいくほど、あたかも自分が常連客の一人、いや本城桃さんとしてその光景を垣間見ているかと思ってしまうほど、なぜだか引き込まれていく内容になっています。学生時代、人類学や民俗学を学んできた本城さんならではのエッセンスがそうさせているのかもしれません。
家族や親戚でもなければ、仕事先の同僚でもない。きっと友達ともいえるような関係性でもない、ただそこにいるという常連さんたちの関係性が今の目的重視の社会から抜け落ちてしまった大切な何かを感じ取ることができるでしょう。
目的という名の自分の枠の外には、偶発性が眠っています。
この一冊を読み終えると、自分自身の日常を肯定的に違った視点で見ることができると思います。
私はこの日記を読んでからというものの、自分の日常をもう少し客観的に見てみようと日記をしたためはじめています。
是非何かのきっかけに。
本城桃
長野県佐久市・旧望月町にて小麦の栽培から焼き菓子の製造までをおこなうdaenの主宰。YUSHICAFEの元スタッフ。1994年生まれ、山羊座。特技は、ゆるい似顔絵とゴム版画。
栗田脩
1989年生まれ。二児の父。魚座。
リハビリテーションを仕事とする傍ら、写真撮影や詩の執筆・期読を行う。2020年5月、第一時集「歯」をしてきなしごとから刊行。「Tiny Reading Lights.」と題した詩の朗読会を定期開催している。