旅の窓 / 著者・沢木耕太郎 / 幻冬舎
記憶の扉
大学4年の最後の早春、ちょうど東日本大震災が起こる3週間前ほどに、当時所属していたサッカーサークルの友人たちとヨーロッパに卒業旅行に行った。イタリア・ローマ、スペイン・バルセロナ、フランス・パリを10日間で周遊するものだった。
それ以前にヨーロッパへの一人旅にハマっていたこともあり、初めて友人たちと旅をする楽しさと難しさを日を追うごとに感じていた。当たり前なのだが、悠々自適に赴くままに色々なところに行くわけにはいかない。しかもその人数が二人とかならまだしも5人ともなればなかなか上手くいかないものなのだ。
最初のイタリア・ローマを終えてスペイン・バルセロナに移動している時にそれは顕著になっており、心の中ではああこんな感じであれば一人で旅をした方が良かったななんて、卒業旅行らしからぬことも考えてしまう始末。乗った飛行機がチケットの関係で座席がそれぞれバラバラになった時にようやく一人になれたことに対して皆安堵の表情といった具合だ。
スペインの偉大なる建築家のアントニ・ガウディの建築が至る所にあるバルセロナ。この街から一人行動の時間を設けることにした。それは誰からともなくでたアイデアだった。それは最初に巡った氏が建築したグエル公園からスタートした。世界各国からそれらを見たいがために多くの人たちがその場所に集まっており、キャノンのコンパクトデジタルカメラでその全景を人がいない状態で撮りたかった自分としては、残念極まりない状況。一向に人の波が消えることのない状況に途方に暮れながら肩を落としていると、背後に視線を感じ、振り返ってみると一人の少女が佇んでいた。
それまでは、風景などを撮ることが多く、友達に言わせれば僕の写真には人がほとんど写っていないというような感想をもらうこともしばしば。けれど、そのオリエントの風を感じる少女が真っ直ぐとこちらを見ている瞳と目が合った瞬間に、カメラでその表情をおさめたい衝動に駆られ、「Can I take a pictire of you?」と勇気を振り絞って言葉をかけてみた。
すると一瞬少し困ったような表情を見せつつ「Ok」と了承を得て、一枚だけ写真を撮らせてもらった。これが自分として初めてポートレートを撮影した経験で、その一枚はこっそりと「グエルの少女」とタイトルをつけて実家の引き出しにしまって置いてある。
さて、記憶を辿っていたら、長々と書いてしまったが、こうした一枚の写真からの記憶というものは誰にでもあるもので、本書『旅の窓』はノンフィクション作家として知られる沢木耕太郎さんの旅の記憶を写真と言葉で回想できる内容になった一冊だ。「旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景のさらに向こうに、不意に私たちの内部の風景が見えてくることがある」。マラケシュのホテルで見た「待つ女」、ローマで旅愁を覚えた終着駅、カトマンズで胸をしめつけられた裸電球――。旅先で撮った八十一枚の写真から、人生の機微を描いた物語が立ち上がる。沢木耕太郎「もうひとつの旅の本」。
旅の窓とは、自分の内側にある風景なのかもしれない。
ぜひそんなことを頭に入れて本書を読み進めていただきたい。
沢木耕太郎
1947年東京都生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。独自の手法と文体で数々の作品を生み出し、ノンフィクションの世界を広げたといわれる。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『テロルの決算』をはじめ著書多数。
