喫茶店の水 / 著者・qp / 左右社
当たり前のもの
移住前、東京の戸越銀座というエリアに住んでいたことがある。その時は、用事もないのに街をぷらぷらするのがお気に入りのルーティーンだった。というのも都内で一番長い商店街を誇る戸越銀座商店街もあるし、道路を挟んで日本一のアーケード商店街でも知られる武蔵小山パルム商店街もあった。二つの商店街を合わせれば日本一だ。軒を連ねるお店たちを覗きながらぷらぷらする週末が好きだった。
そんな中、お気に入りのお店もできた。珈琲さいとうというきっと斎藤さんがやっている喫茶店だ。喫茶店には珍しいシングルオリジンのコーヒーを飲めたのが、今っぽいコーヒーを好む自分にとっては、エチオピアをモカと呼ぶように新旧入り混じる感じがとても面白かった。その時読みかけの本を大量に持ち込んで読んでみたり、何かいいことがあった時は、店主おすすめのホットケーキを頼んだりした。今では珍しい店内喫煙OKだったので、入店時のお客さんの配置やタバコを吸っているかどうかを見極めて席を瞬時に吟味するヒリヒリ感も好きだった。自分がここだと思っても後からヘビースモーカーの人が入店してきたら、おじゃんなのだがそれも自分が持つ運試しをしているかのようで面白かった。
そんな思い出のたくさんある珈琲さいとうは今はない。引越しをしてしまってから一度も行っていないので、いつ閉店してしまったのかは知る由もないのだが、当たり前にいつもそこにあったものがなくなったという事実にただただ寂しいのだった。
さて、そんな喫茶店で当たり前にあるものといえば、水だろう。
この場合、お冷といった方が良さそうだが、その水にフォーカスを当てたのが本書『喫茶店の水』だ。著者がこれまで撮り溜めた400店以上の喫茶店の水の写真から85枚を厳選した、類書のないフォトエッセイ。
透明感あふれるコップに入った水と、水を通して見るどこか懐かしい喫茶店の光景。誰もが知る有名な純喫茶や、新世代の喫茶店、ふらりと立ち寄った旅先の喫茶店まで、さまざまな喫茶店の水の写真を掲載。すでに閉店している喫茶店もあり、撮影当時の時間に引き込まれることだろう。
独特の感性による、喫茶店と人生をめぐるエッセイ25編も必見。
喫茶店がお好きな方にプレゼントしたい一冊。
※お気に入りの喫茶店がある場合、なるたけいっぱい通うことをお勧めします。いつその当たり前がなくなってしまうか分からないので。しっかり通いましょう!
<目次>
自然光
喫茶店ですることは
窓の観察
集めること
季節によって変わる水
透明水彩
銭湯
コップの種類を変えてくれる喫茶店
名前のない喫茶店
深夜喫茶から生まれた恋
川について
なくなる喫茶店
コントロールすること
選ぶこと
外から見る
少し
夕方の喫茶店にいる
旅先の喫茶店、または使命
喫茶店で朝食を
喫茶店の音〔ほか〕
qp
兵庫県出身。おもに画家として活動している。