#東京アパート / 著者・吉田篤弘 / 角川春樹事務所
多くの、“小さな”東京での話
信州・上田から東京に新幹線で向かっている時、特に大宮から東京までの間に景色は都会へと変化していく。それまで車窓から眺めていた横に広く広がる田園風景は徐々にその範囲を狭めていき、その代わりに鉛筆のように高くそびえ立つマンション群が縦に伸びていくように目立ってくる。
当たり前の話なのだが、首都に近づくにつれてその人の多さが明らかになっていき、その人それぞれの個々人のスケールの人生が“小さな”東京として、街の中に凝縮されている。だから鉛筆のような高い建物を建ててその中で生活するしかほかない。
そしていざ東京の街をぶらぶらと散歩していると、新幹線の少し高い車窓からは気が付かなかった、もっとこじんまりとしたアパートが結構な数点在していることがわかるはずだ。
ああ、ここにも。またああ、ここにも、と。
小さいということは、けっして悪いことではない。
東京という街はこうした“小さな”東京のストーリーがたくさん折り重なってできている街なのだから。
まさにこうした東京のアパートで暮らすさまざまな人びとの夢やさみしさ、ささやかな幸福と奇跡。あたたかな交感が街を照らす、愛おしくかけがえのない21の小さな灯の物語がおさめられたのが、本書『#東京アパート』だ。
著者は吉田篤弘さん。
隣の天使から届けられる悪魔のケーキ。ベランダに置かれた大きな桃。「巨大アパート」でゴム印をつくりながら物語を紡ぐ青年。世界でいちばん雷の落ちない部屋。夜な夜なカラスと話す電話回収屋――。タイトルは浮世離れしていそうだけれど、読んでみると全てがフィクションなはずなのにどこかあり得そうと思ってしまうのが吉田さんのすごいところ。
きっと現実はこれよりももっと多くのストーリーに溢れている東京。
そんなことをイメージして本書のページをめくってみて欲しい。
<目次>
「天使が焼いた悪魔のケーキ」
「世界でいちばん雷の落ちない部屋」
「うしろまえ」
「ベランダに置かれた大きな桃」
「巨大アパート」でゴム印を作る青年
「夜な夜なカラスと話す電話回収屋」
吉田篤弘
1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、クラフト・エヴィング商會名義による著作とデザインの仕事を手掛けている。著書に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『イッタイゼンタイ』『電球交換士の憂鬱』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『おやすみ、東京』『天使も怪物も眠る夜』『流星シネマ』『なにごともなく、晴天。』『中庭のオレンジ』『羽あるもの』『十字路の探偵』などがある。



