山の神の使い / 著者・最上 一平 / 童心社
田舎という宝物
都会ではお金を出せば解決することがとても多いように思う。けれど、一方田舎ではお金を出しても買うことができないものがある。緑豊かな自然やセカセカしていない空気感などなど。どちらがいいかということは分からないし、それはそれぞれの人の価値観であるからとやかく何かを言ってもそれは無意味なことだけれど、いのちの総量やそれをベースにした“本当のこと”、つまりいのちの理といった類のものは田舎での暮らしの中にこそあるのだということを移住5年目が終わろうとしている今、強くそう思うのだ。
さて、本書『山の神の使い』には、このいのちの理が物語を通して、じんわりと伝わってくる内容となっている。主人公は大河という少年が父方の故郷である山形に帰り、田んぼの手伝いをする内容を春夏秋と3つの季節をまたがって描写されている。そしてそこに住む彼のお爺さんと大河とのやり取りの中で大切なことを大河は感じ取っている様子が何だか宝箱をお爺さんから受け取っているようで、微笑ましくも羨ましくうも感じてしまうのだ。
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山形にすむぼくのじいちゃんは、ちょっと不思議な人で、なんでも自分でつくってしまえる。大河という名前をつけてくれたのもじいちゃんだ。5月の休みに、ぼくととうさんは、じいちゃんちにいくことになった。山あいにある田んぼの田植えを手伝うのだ。にゅるっと弾力のある田んぼの泥、月山の残雪にあらわられる田植え馬、若葉の緑のにおい。じいちゃんが教えてくれることを、ぼくは身体いっぱいで見て聞いて感じたーー。
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春、夏、秋と、祖父のすむ山形を訪れる大河の目を通して、自然の雄大さと、家族のいとなみが、みずみずしく描きだされる一冊。




