星の旅 / 著者・藤井旭 / 河出書房新社
星までの記憶
これは幼い頃の記憶なのか、はたまた何かの本や映画での出来事が自分の記憶としてすり替わってしまっているのか今はよくわからないのですが、海沿いの古びた天文台に行った時の思い出というか感覚が残っています。直射日光にさらされた建物内の塗装の少しすえた匂いや日焼けした天体の案内板など。そこの天文台では星空を観察するということはなかったのですが、割とその感覚の記憶というものははっきりと残っているのが不思議なほどです。
肝心の天体観測を初めてしたのは中学一年生の頃に信州・駒ヶ根にある別校に林間学校で行った時。焚き火を囲んだ後にグラウンドに学年全員で横になり、夜空を眺めたのが最初だったように思います。星空というものを意識したことも、そもそも夜の屋外で寝転がりながら夜空を見上げるというシチュエーション自体、自分を含めてほとんどの子が初めてだったので、星空どうのこうのというよりはこういった非日常にみなで興奮して騒いで終わってしまったという感じだったと思います。肝心の星も見えたのか、見えてなかったのかよく覚えていませんが、そのことだけはよく覚えています。
先の架空の?天文台の記憶も然り、初めての天体観測も然り、星との思い出を語ろうとするとその観測記録というよりはどのようなシチュエーションでその星を観測したのかという観測までのプロセスの方が記憶に鮮明に残っていくのではないのかと本書『星の旅』のページをめくると感じることでしょう。
本書は天体写真家として世界的に知られファンも多い藤井旭さんが、ご自身で周った天体観測への旅をまとめた一冊です。まさしく藤井さんがどのような経緯や経路を辿ってお目当ての星空を目指して旅をしているのかということが鮮明に描写されており、読み進めているとあたかも藤井さんの横にアシスタントとして同行させていただいているようなリアルな質感を伴ってくるはずです。特に最初の紀行でまとめられているモンゴルでの出来事はヒヤッとする状況が多く臨場感あふれる内容となっています。
是非、あなたの星までの記憶と照らし合わせて読んでみてください。
<目次>
パオの星―モンゴル
砂漠の金星食―ゴビ砂漠
ジンギス・カンの都カラコルム―モンゴル
初めての星々―ニュージーランド
さそり座とマオリ伝説―ニュージーランド
星のささやき―バイカル湖
巨石人と見る星空―イースター島
英語を勉強して日本へ―イースター島
星空の航海―ナホトカ航路
隕孔石カンパニー―アリゾナ
インデアン遺跡とかに星雲―アリゾナ
船上の日食観測―モーリタニア沖
星がこわい…―マラケシュ
イグアナの島から北極星を―ガラパゴス
月の神殿―リマ
きょしちょう座とナマケモノ座―アマゾン
逆さま星図―チリ
観光急ブレーキ車と野口英世―グアヤキル
川の中の天の川―アマゾン
太古の怪鳥?コンコルド―カナリア諸島
コニだめの上の展望会―グアム島
星空のブーメラン―オーストラリア
南十字と天の南極―グリーンアイランド
星のあやとり―ニューギニア
五匹のカメ―マディラ島
藤井旭
1941年、山口市生まれ。多摩美術大学を卒業後、福島県郡山市に移住。星仲間たちと那須高原の一角に白河天体観測所を、南半球のオーストラリアにチロ天文台をつくる。日本を代表する天体写真家として活躍し、海外のファンも多い。天文雑誌「星の手帖」の編集委員を務め、生涯にわたって星空を見る楽しさを広く伝え続けた。2022年逝去