種をまく人 / 著者 ポール・フライシュマン、訳 片岡しのぶ / あすなろ書房
お話の舞台はアメリカ北東部、エリー湖の南にあるオハイオ州クリーヴランド市。
ここの貧民街にあるゴミ溜めを中心にした様々な人たちのエピソードが語られています。
はじまりは移民として住んでいる一人のベトナム人の少女が、今は亡き農家を生業にしていた父を思って蒔いたマメの種がきっかけとなります。産業廃棄物類が捨てられているゴミ溜めにマメの種を植えるという、側から見れば不可思議な行動に皆が注目し、その少女の背中を追うかたちで、目的は違えど皆がそれぞれの思いを持ってそのゴミ溜めを耕していきます。
『行動の証言集』といえば良いのでしょうか、「〇〇の話」といったように登場人物によるそれぞれの断片のエピソードは、うっすらと重なり合いながら短い短編集のように一冊にまとまっています。しかし読み進めているうちにゴミ溜めが菜園へと様変わりしていくことと、それぞれの持つ些細なストーリーの温度感が、うまい具合に次第に豊かになっていく菜園の輪郭とリンクしていくようでとても良いドキュメンタリー映画を観ている感覚になります。
さて、社会をいきなり大きく変えていくことはとても難しいことです。
けれど、この場所にはじめて種を蒔いたこの少女のように、とてもパーソナルな思いが人々に気づきを与えてゆっくりと変化していくのでしょう。
読み進めていくと勇気と希望をもらえます。
初版が1988年。今年で28刷されているのも納得な一冊です。