ReConstruction 木村二郎とギャラリートラックス / 著者・木村二郎 他 / torch press
万能人たれ
サッカーのボール回しの練習の時に5対5+1というようなゲーム形式の練習をすることがあった。自分は小回りが効く選手でもあったので、この+1の役割を担うことが多かった。+1はどういう役割なのかというと、攻撃側が数的に有利になるように常に攻撃側の+1になるいわば片一方のチームに属さないフリーマンの役割というわけだ。瞬間瞬間で自分が攻撃すべきチームが入れ替わるので頭の疲労が激しくなるのだが、その分、攻撃が好きなので自由を手に入れたような気になれるのだった。
そんなことに気が乗る性分なわけで、会社員をしていた頃、専門性を持つようにということをよく上司などに言われたことに強烈に違和感を覚えていた。第一自分にとっては専門性を極めた先輩方よりもフラフラとしていながら、仕事以外にも色々なことを知っていて、でもここぞという時にそつなくこなしてしまう先のフリーマン的な方の方がその当時から魅力的に見えたからだ。
本書『ReConstruction 木村二郎とギャラリートラックス』の中で寄稿した坂口恭平さんの文章の中に、彼が木村二郎さんを語る中でルネサンス時代までは「万能人」になることが人間としての最高の目標だったということが書かれていて、自分が長年思っていたことが言語化され、時に編集、時に農、時に店舗経営をする自分の生き方を肯定された気がして救われた。
さて、本書はインテリアデザイナーや設計などの顔をもつ木村二郎さんが残した膨大な写真や資料から、パートナーの三好悦子さんと立ち上げたGallery Traxを軸にしながら家具やオブジェ、空間作りをまとめたアーティストブックだ。ギャラリーとゆかりのある坂口恭平さん、エレン・フライスさん、松下透さん(SIDE CORE)の書き下ろしテキストのほか、木村さんのスケッチや図面、インスピレーション源となる庭や縄文の写真なども収録。Gallery Traxというギャラリーであり、木村二郎の作品である場所とともに、その創造の軌跡を紐解いている。
一冊にまとめられたヴィジュアルやテキストを体感してみると、自分で何かを創造してみることの素晴らしさや尊さを感じることができるはずだ。そして坂口さんが木村さんを「万能人」という所以がわかってくることだろう。
そしてかつての自分のような若い子がいたら、「万能人たれ」と声をかけて、この一冊をプレゼントするだろう。
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1993年、山梨県北杜市の八ヶ岳の麓でGallery Traxはスタートしました。インテリアデザイナーの木村二郎と、デザイナーだった三好悦子の二人によって始まったこのギャラリーは、廃校の保育所を木村自らの手で改装し、木村が手がけた家具やオブジェがその空間に配されています。Traxが特殊な場所であるのはその立地や空間だけでなく、角田純、五木田智央、大森克己、川内倫子、できやよいらのアーティストが、キャリアの初期から展示してきたことにもあります。風が通り抜け、光が差し込むギャラリーは、いわゆるホワイトキューブの空間ではなく、作品と空間がそこで呼吸しているようで、空間自体が作品でありながら数々の作品を包み込んできました。2004年に木村が他界してからは、三好がギャラリーとしてその場所を守り続けており、現在も木村の精神の宿る場所となっています。
八ヶ岳に移り住んだ木村は、Gallery Traxの改装がきっかけで、古材を用いた椅子やテーブルなどの家具を製作するようになりました。そこから亡くなるまでの11年程という短い期間に、創作意欲に溢れた数々の家具やオブジェを生み出しています。一方、益子のスターネットの設計など、ユニークな建築物も手がけてきました。彼の作品は、木村の没後20年経ったいまなお色褪せることなくTraxを中心に数多く残されています。
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Traxで過ごしていると、記憶とは過ぎ去った時間のことを指しているんじゃないんだと感じる。Traxという空間は湧水でできた小川みたいに、ずっと静かに記憶が流れ出ているから。
―坂口恭平(本文より)
初めて見た時から私は二郎の家具に夢中で、椅子のひとつをフランスに送ってもらえたらと長年夢見ていた。彼の作る作品はどれも強い存在感を放ち、モダンでありながら概念的というよりは直感的で、とても自由な佇まいを持っていた。
―エレン・フライス(本文より)
木村二郎
1947年大阪生まれ。大阪でインテリアデザイナーとして活躍後、八ヶ岳南麓(山梨県北杜市)築130年の農家に住み始める。1993年、三好悦子と共にGallery Traxをスタートする。以来、オリジナル作品を手がけ、オブジェ、家具、空間デザイン、映像を発表。近隣の廃屋から出た古材や梁、農具など素材から生み出したこれまでにはない巧みでモダンな家具が注目される。手掛けた店舗に、ギャラリー歩ら里、レストラン臺眠(山梨)、スターネット(益子)ほか。個展にOZON(2000年)、JMギャラリー(1995年、1999年、2000年、2004年)などがある。2004年2月死去。2009年に北杜市立須玉歴史資料館にて「木村二郎回顧展」が開催され、マッチアンドカンパニーから『Jiro Kimura 大森克己』が刊行された。





