プラハの古本屋 / 著者・千野栄一 / 中央公論新社
本は人
大学四年の時に一人旅にハマってしまい、その一年の大半をヨーロッパの国々と日本を行ったり来たりという生活をしていた。1ヶ月は高時給のバイトで旅費を稼ぎ、その後の次の月はヨーロッパに向かっていた。そうこうしていると大学四年というモラトリアムも残り数ヶ月になった頃、旅先をチェコにしようと思った。それまでは所謂第二次大戦後に西側諸国になった場所を転々としていたのだが、ここは一つ共産主義の影響を受けた国もみたい、そんなそれらしい理由をつけ本当の理由はというとなんてことない、チェコの首都・プラハにあるプラハ城の夜景を撮影したいというただそれだけの理由だったのだ。
滞在中はプラハの特産物となっているハムとチーズを乗せたパンを頬張り、石畳の広がる旧市街に向けて歩くというルーティーンを繰り返した。しばらく歩くと街並みが少し歯抜けになっているような気がしてならない。西側諸国のそれは空きテナントがあったとて、建物自体はその道路に面した形で残っているのだが、読んで時の如く当時のプラハの街では歯抜けの状態になっていたりした。それに街の中にあるような広告がほとんどなく、当時としては何か物足りない、何かが欠けたままの少し物哀しい街の印象が強くこころに残っている。
さて、そんなプラハに行った時のことを鮮明に思い起こさせてくれたのが、本書『プラハの古本屋』だ。チェコ語の言語学者の千野栄一さんがことば、古本、ビール、旅を通じて得た出会いについて語ったエッセイだ。言語学者ならではなのだろうか、細部に至る表現描写がまさにその場所で千野さんに成り代わって体験しているようなプラハの街に再度降り立ったような感覚になってくるのだ。色々な切り口でエッセイがまとまっているのだが、その奥には人を感じることができる。そういった意味では、僕自身が現地プラハで感じた物哀しさというものはあまり感じられず、むしろ人間らしい温かみを感じることができるのだろう。タイトルに古本という言葉があるので、古本屋巡りの本かと思われてしまうかもしれないが、それはあくまで本の一部分。解説の阿部賢一さんが書いているように、古本に感じる温かみに共通することなのだろうか、その奥にある人柄を言葉を研究するプロが解きほぐしている文化・言語に対する深い洞察とあたたかいユーモアに彩られた名エッセイだ。
<目次>
1 沈黙の通訳(沈黙の通訳;その一語;壁 ほか)
2 プラハの古本屋(共産圏の古本屋・1 売買価格比一定のルール;共産圏の古本屋・2 政治反映するブラック・リスト;共産圏の古本屋・3 オリジナルより古いテキストも ほか)
3 カルパチアの月(アドリアの海から;ワルシャワの秋;沖縄の熱帯魚 ほか)
千野栄一
1932年東京生まれ。東京外国語大学ロシア語科、東京大学文学部言語学科卒業。カレル大学(プラハ)文学部スラブ語科修了。帰国後、東京教育大学助教授を経て、東京外国語大学教授、和光大学学長を歴任。共編著に『言語学大辞典』(毎日出版文化賞受賞)他。2002年没。

