極夜行 / 著者・角幡唯介 / 文藝春秋
何を感じ、何を思うのか
誰しもが冒険からその人生を始める。それは一体何かというとお産の中で母体から外界に出てくるまでの道のりがまさしく未知の世界に踏み出す冒険と言えるのではないだろうか。その記憶は稀に持つ人がいるものの、大半の人は自分の意思とは別の何か、生命のチカラによって導かれていくものなのだろう。決して自分自身でコントロールできるものでもないし、その時の状況如何によっては生に向かわず、死が迎え入れるというケースもあることだろう。
本書『極夜行』の著者である角幡唯介さんも真の闇を経験し、本物の太陽を見られるのではないかと、太陽の昇らない冬の極地を旅するという、道の冒険に出た。内容を読み進めて感じられるのは、生きる喜びの中に、時折いや頻繁に見え隠れする死という恐怖。むしろ生と死は表裏一体なのではと思わされてしまうほどだ。
探検家にとっていまや、世界中どこを探しても“未知の空間”を見つけることは難しい。様々な未知の空間を追い求めて旅をしてきた角幡唯介は、この数年冬になると北極に出かけていた。そこには、極夜という暗闇に閉ざされた未知の空間があるからだ。極夜――「それは太陽が地平線の下に沈んで姿を見せない、長い、長い漆黒の夜である。そして、その漆黒の夜は場所によっては3カ月から4カ月、極端な場所では半年も続くところもある」(本文より)。
彼は、そこに行って、太陽を見ない数カ月を過ごした時、自分が何を思い、どのように変化するのかを知りたかった。その行為はまだ誰も成し遂げていない”未知“の探検だ。
シオラパルクという世界最北の小さな村に暮らす人々と交流し、力を貸してもらい、氷が張るとひとりで数十キロの橇を引いて探検に出た。相棒となる犬を一匹連れて。この文明の時代に、GPSを持たないと決めた探検家は、六分儀という天測により自分の位置を計る道具を用いたため、その実験や犬と自分の食料をあらかじめ数カ所に運んでおくデポ作業など、一年ずつ準備を積み上げていく必要があった。暗闇の中、ブリザードと戦い、食料が不足し、迷子になり……、アクシデントは続いた。果たして4カ月後、極夜が明けた時、彼はひとり太陽を目にして何を感じたのか。足かけ4年にわたるプロジェクトはどういう結末を迎えたのか。
自他共に認める最高傑作。
角幡さんと極夜を旅した後に感じる感覚はいったいどのようなものなのだろうか。
<目次>
東京医科歯科大学附属病院分娩室
最北の村
風の巨瀑
ポラリス神の発見
闇迷路
笑う月
極夜の内院
浮遊発光体との遭遇
曙光
極夜の延長戦
太陽
角幡唯介
1976年北海道芦別生まれ。早稲田大学探検部OB。チベット、ヤル・ツアンポー峡谷の未踏査地域を単独で探検。2003年、朝日新聞社に入る。08年に退社後、探検家に。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。『雪男は向こうからやって来た』で新田次郎文学賞、『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞、『探検家の日々本本』で毎日出版文化賞書評賞、『極夜行』でYahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞受賞。


