ポール・ヴァーゼンの植物標本 / 著者・ポール・ヴァーゼン、堀江 敏幸、飯村 弦太 / リトルモア社
遠き日の自然
2017年の夏の終わりに、東京・湯島のATLAS antiquesのオーナー飯村さんが、南フランス蚤の市で見つけた一人の女性が綴じた植物標本。作者の名はマドモアゼル・ポール・ヴァーゼン。
丁寧に紙箱の中に保存されていた彼女の植物標本の一枚一枚が野に咲いていた時間をとどめたかのような美しさで、それに心惹かれ、そしてその手仕事に驚き、ポール・ヴァーゼンの仕事に再び光を当てる事を心に決め、展覧会や本書が作られるきっかけとなりました。
本書のページを開くと植物の標本が、8割ほどを占めていることが分かります。
それらの植物は、彼女の静かな手仕事のおかげで、標本の中で静かに息づいているかのような美しさを帯びており、ページを開いては閉じ、そしてまた開いては閉じと、大切に心に留めておきたい、そんな衝動にかられます。
間に掲載されている作家の堀江敏幸さんの書き下ろし『記憶の葉緑素』も、本書にとって、とても重要なエッセンスになっており、堀江さん個人の旅の記憶の物語とポール・ヴァーゼンとの文脈との交差具合が絶妙で、この文章を読んだ後に標本の植物を見てみるとまた違った印象や情景を心の中に浮かび上がらせてくれことでしょう。
この書き下ろしが巻末ではなく、巻中にあるのにも頷けます。
おそらく100年も前、スイスやフランスの高山で採取された植物の標本が日本にあり、それを手にした飯村さんやそこからインスピレーションを受けた堀江さんの文章。
それらが交差し合い読者の想像をかきたて、彼女の記憶を標本を見ながらなぞっていく不思議な時間が流れることは間違いない一冊です。