ワンルームワンダーランド ひとり暮らし100人の生活 / 編集・佐藤友理、落合加依子 / 小鳥書房
生活の面影
まだ妻と結婚する前にお付き合いをしていた頃、東京・祖師ヶ谷の団地に住んでいた彼女の家にたびたび逢いに通っていた。送られてきた住所に向けて、最寄の祖師ヶ谷大蔵駅から商店街を抜けて歩いていると、あるところから急に閑静な団地郡が出没する。お世辞にも新しいとは言い難い、戦後の高度成長期に建てられたであろう東京中のベッドタウンと呼ばれるところには必ずあるような団地だったが、僕自身も団地育ちで学校の友達のほとんどが団地で暮らしていたような環境だったせいもあり、なんだか妙に故郷に帰ってきた、そんな気がしたのだった。
二人でホットケーキを焼いたり、映画『パターソン』を観ながら寝落ちしたり、サッカー・ブラジル代表のネイマールが全盛期の時にロシアW杯で無双しているのにも関わらず、なかなか点が入らない試合を一緒に見て歓喜したり、数えれば両手でおさまってしまうくらいの回数しか行っていないけれど、何気ない忘れ難い思い出に溢れている。
その部屋で彼女の慎ましく美しい暮らしぶりに心底惚れ込んでしまったのは、いうまでもないのだが、やっぱりその人の家や部屋は、その人の人柄を表しているのだ。
本書『ワンルームワンダーランド ひとり暮らし100人の生活』を読めばそれが理解できるはずだ。きっと部屋にはそのひとそのものが表れる。意図した部屋でも、無防備な部屋でも。ほかの誰かと暮らす部屋ではない、ひとり暮らしの部屋ならなおさら。
「部屋は、言葉を話すわけじゃない。でもありったけの息を吸って暮らすわたしたちを、静かに見守ったり叱ったりしているのかもしれない。
記憶も匂いもそこに残って、見慣れたはずの毎日の隙間に、あの恋やあの会話、さみしさ、まばゆさが染みついている。」
(「はじめに」より)
職業も住む場所もさまざまな市井で生きる人たち100人に声をかけ、ひとり暮らしの部屋にまつわるエッセイを寄稿してもらい一冊に編纂。
ひとり暮らしは突然始まったり終わったりする。ひとり暮らしでもそうじゃなくても、生活は形を変えながら続いていく。
オールカラーで、部屋にまつわるエッセイと写真を100人分掲載。
結婚を機に、妻の一人暮らしは終わり、かつての団地での生活を垣間見ることは叶わなくなったのは残念だけれど、今のわたしたちの生活の中にその片鱗が見え隠れするのは小さな幸せなのだ。
■職業も住む場所もさまざまな100人の、ひとり暮らしの記録集
お笑い芸人/ 画家 / 大学生/ 喫茶店店主/ 会社員/ 学校職員/ 地方公務員/ D J/
デザイナー/ フリーター/ 編集者/ 研究員/ 詩人/ 本屋店主/ 事務職/ 書家/ 学芸員/
文化施設職員/ 花屋/ ライター/ イラストレーター/ 映画監督/ 着付師/ NPO職員/
ラジオパーソナリティ / 縫う人/ 英語教員/ 映像作家/ ITエンジニア/ ピアノ講師/
ジビエ解体/ 料理家/ 医師/ カウンセラー/ 美容師/ 犯罪学者 ほか
落合加依子
1988年名古屋市生まれ、東京都在住。ちいさな出版社と本屋「⼩⿃書房」の店主。住まいのある⾕保(やほ)という町と、そこで暮らすひとたちが好き。著書に日記本『浮きて流るる 小鳥書房店主日記2021年3月~2022年6月』がある。
佐藤友理
1988年生まれ、仙台市在住。文化施設職員。遠くで暮らす十人のエッセイ集「まどをあける」企画編集。家事のお供にラジオを聴くので、聴きたいラジオが決まるまで家事が始まりません。