新・冒険論 / 著者・角幡唯介 / 集英社インターナショナル
枠の外側
私たちはこの世に生を受けてからありとあらゆる枠組みの中に存在している。はじめは親や家族の枠組み、それが幼稚園や保育園に通い始めればそこでの枠組みとなっていく。大人になるにつれ次第にそれらは目には見えない幾重にも重なる社会的な枠組として、時として私たちを苦しめることになることもあるのだ。
そんな枠組みをはじめて突破してその枠の外側に出たことを強烈に覚えている。小学校低学年、確か3年生くらいの時だっただろうか。当時用水路でのザリガニ釣りが流行った時期があった。武蔵野の大地にまだ広がる雑木林が鬱蒼と生い茂っている仲間で見つけた用水路のとあるスポットで毎日多くのザリガニを釣っていた。そうすると段々と日々を重ねることに釣れなくなっていく。当たり前の話だ。すると誰からというわけでもなく、もう少し上流の方に行ってみようかということになったのだ。今までのスポットは学区の中の世界だけで、小学校でもその学区内で放課後も遊ぶことを推奨されていた。しかしその時は皆でこれは「冒険だ!」なんて勢い勇み、小さなマウンテンバイクを連ねて、普段の最寄り駅の一駅先の辺りまで用水路沿いを走っていった。もうそうなってしまえば、ザリガニ釣りのことなど忘れてしまい、自分たちの取り巻く枠の外側に出ることのできた高揚感で駅周辺を自転車で走り回ることで満足感を得たのだった。今思えばそれらは小さな、ほんの小さな冒険に過ぎなかったが当時の僕たちにとっては大きな、大きすぎる冒険だったのだ。
さて、前置きが長くなってしまったのだが、本書『新・冒険論』を読んでそんなことを思い起こさせてくれた。本書はチベット・ツァンポー峡谷の人類未踏部踏破や雪男探索、北極探検隊全滅の真相追求、80日間にもおよぶ太陽の昇らない「極夜」の暗黒世界探検など、ジャンルや固定観念にとらわれない創造的な冒険を行ってきた角幡唯介さんの著書。内容は「さあ!冒険に行こう!」ということではなく、いかにしてシステムの外側の冒険という世界に触れることができるのかということを冒険というものが何かということを解き明かしながら考えていくような一冊。常識からの外れ値に面白さがあり、目的性の外側の世界に偶然性や未知が潜んでいるというような、あなた自身の世界の可能性を拓く、そんなきっかけを本書を通して感じていただけることだろう。
前述した僕の小さな冒険も冒険だし、今やっている自然農や最近ハマっている薪なども同じく僕にとっては冒険なのだ。
<目次>
第一章 本多勝一の冒険論
世界の可能性を拓け/人類史上最高の冒険
第二章 脱システムとしての冒険
エベレスト登山はなぜ冒険ではなくなったか/マニュアル化された登山/神話における脱システム/
英雄の冒険を分析する/ナンセンのフラム号漂流/ツアンポー峡谷単独探検の神話構造
第三章 脱システムの難しさ
現代はなぜ冒険が難しくなったのか/冒険のジャンル化/脳のシステム化
第四章 現代における脱システムの実例
変質する北極点到達という行為/なぜ冒険はスポーツ化するのか/
人間の世界から狼の世界へ/服部文祥のサバイバル登山/極夜の探検
第五章 冒険と自由
冒険の批評性/自由と自力の関係/人はなぜ冒険をするのか
角幡唯介
極地旅行家・作家。主な探検行はチベット・ツアンポー峡谷単独探検(02~03年冬、09~10年冬)、カナダ北極圏1600徒歩旅行(11年)、極夜の探検(16~17年冬)、北極徒歩狩猟漂泊(18年)、北極犬橇狩猟漂泊(20年)などなど。現在は国内では日高山脈地図無し登山を、北極ではグリーンランド最北の村シオラパルクに15頭の犬を飼い、毎年犬橇狩猟漂泊を継続中。『空白の五マイル』『アグルーカの行方』『漂流』『極夜行』『そこにある山』など。最新作は『狩りの思考法』。
