あたしとあなた / 著者・谷川俊太郎 / ナナロク社
円環存在
親の実家が信州・上田ということもあって、秋から春終わりまで食卓には必ずりんごがデザートというか食後のお口直しやサラダの中にも入れてよく食べていました。4人家族だったので仲良く一つのりんごを4等分と行きたいところですが、あまりフルーツを食べなかった父もいたり、食べ盛りであった自分や姉のためにと子どもたちの量の方が多く切ってくれたことは母の優しさだったのだろうと思います。そうなると必ず出てくるのが、最後の一つを姉と私のどちらが食べるのかという問題でした。争いのキッカケはいつだって些細なことなのです。毎回そういった激しい分け合いを経て私たちは本当の意味で分け合うということをある時は肌で感じながら理解していくのでしょうね。
さて、本書『あたしとあなた』は半世紀以上にわたって第一線で書き続けてきた詩人・谷川俊太郎さんの書き下ろしの詩集です。37篇の詩の中にはさまざまな〈あたし〉と〈あなた〉が登場します。あとがきに谷川さんが『メディアに氾濫するコトバの洪水に食傷しているうちに、思いがけず自分にとってはちょっと新鮮な発想の短い詩群が生まれた』と語るように生み出された言葉の端々に深い意味が込められているようで、何度も噛み締めて味わいたくなるような気持ちになってきます。
装丁デザインも気鋭のブックデザイナー・名久井直子さんによってにび色（渋い茶色）の布貼り上製本の前面に、青・白・金の３色の箔を押した工芸品のようなたたずまいに仕上がっています。「一番大事なのは、目の前の言葉を載せる紙」というコンセプトから、本書の制作は「この本のためだけの特別な紙」を作ることからスタートしており、伝統の高級越前和紙で知られる石川製紙株式会社の協力のもと、しっとりとした質感の鮮やかなブルーの紙に谷川さんの言葉がおさめられています。
あたしの中にもあなたがいて、あなたの中にもあたしがいる。
あたしの中にはあなたはおらず、あなたの中にもあたしはいない。
わたしという存在を定義するもには一体何なのでしょうか。
この一冊を読み終えたころには、また別の意味を持ってりんごを分け合うことができそうです。
秋の静かな夜にページを捲りたくなる一冊です。
＜目次＞
１（カフェ；バラバラ；椅子 ほか）
２（せせらぎ；どんどん；はにかむ ほか）
３（すっきり；ますます；穴 ほか）
谷川俊太郎
１９３１年東京生まれ。１９５２年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表し、近年では、詩を釣るｉＰｈｏｎｅアプリ『谷川』やメールマガジン、郵便で詩を送る『ポエメール』など、詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。
