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思い出すこと

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思い出すこと / 著者・ジュンパ・ラヒリ / 新潮社



記憶連想装置



何かがきっかけで過去の記憶が呼び覚まされることは誰しもあるはずです。

特にその傾向が強いのが香りでしょう。動物は香りで天敵や仲間との距離感を測っているので、実は他の感覚に比べてそれを感知した際にすぐアクションに繋がるように、脳とダイレクトにつながり、その一連の流れを忘れないように記憶するといったことが科学的にも証明されているそうです。

さてさて、一旦香りのことは置いておくとして、本書『思い出すこと』もそんな記憶が呼び覚まされるような詩とそこに共鳴するラヒリの心が重なりあいながら物語は進んでいきます。

著者のラヒリが引っ越し先のローマのアパートでにあった以前の住人の古い書き物机がの引き出しの奥に、詩のノートを発見することからはじまります。表紙にボールペンで「ネリーナ」という女性の名前が記されており、引き出しにはノートとともに、三人の女性が写った写真がしまわれていました。真ん中の女性は、陽の加減で顔も表情も読み取ることができませんでしたが、ネリーナとは彼女であろうと、ラヒリは直感します。ネリーナとは一体どのような人物だったのか。ラヒリは、詩のノートをイタリア詩の研究家であるヴェルネに託し、後日その解説を読み進めることで、物語は動き出します。


不思議なことに物語の内容がネリーナの詩とラヒリの心の共鳴に焦点が当てられているのに、気づくと自分の記憶も同時に呼び覚まされていることに気が付きます。私の場合は、本書の詩を読んでいると、何故だか曇天の土曜日の昼に父がチャーハンを作ってくれてそれを二人で食べていることや、その記憶では自分は思春期だったこともあり、本当は父と良い時間を過ごしたいのに、どうしてもそっけない態度をしてしまっていたあの時を少し後悔しているような景色が浮かび上がってきたのです。文字や文章で内容と全く関係のない何かの記憶が呼び起こされることはなかったので、正直驚いています。


さあさあ、あなたはこの本を読んでどんな記憶が呼び覚まされるでしょうか。

年末年始などゆっくりと物思いにふけられる時間がある時にページを開いてみてください。



▼Martha Nakamura マーサ・ナカムラ

他者に理解されることを目的としない心の声は、散文よりも詩の形に近くなる。ラヒリが古い机の奥から発見したのは、詩を書き綴ったノートだった。注釈を読み進めることで物語は展開していく。身元不明の水死体に思いを馳せる「顔の見えない」ネリーナ。曲がり角の先に待ち受ける新しい言葉に手を伸ばし、過去の宿命的な言葉を故意に喪失する。そうして、ネリーナは自分の顔を認識していく。単なるヴァース・ノベル(詩と小説の融合)ではなく、どこまで誠実に生に触れることができるかに挑んだ、生(声)への挑戦である。


▼succedeoggi スッチェーデオッジ

まず英語、次いでイタリア語による散文を長く創作してきたジュンパ・ラヒリが到達した詩は、濃密な内容とよく磨かれたスタイルで、すでに円熟の域に達している。『思い出すこと』は、ラヒリをよく知る読者にとっては新たなデビューとも言えるもので、彼女にとってのいくつかの重要なテーマが詩という形式のなかに姿を変えて現れている。


▼Avvenire アッヴェニーレ紙

バフチンは他人の視点に積極的に関与するために、自身の判断を停止して他人の視点でものを見る方法について語っている。自伝と芸術的創作のあいだにある本書では、この特別な叙述テクニックが使われている。



<目次>

はじめに

伝記のための仮説

本文についての断り書き

窓辺

白くひんやりした窓辺に

思い出すこと

失くしもの/階段を下りる/人知れずわたしを愛してくれる人と/外股で足をひきずっている/数日前に手術を終えて/アルベルト・デ・ラセルダに/どうしていまになっても/マッツィーニ通りの/嵐の夜ベッドにいるとき/工事の足場のないサン・フランチェスコ・ア・リーパ通りは/屋根裏部屋に/ナポリで新聞を探しながら/三足の靴/手の指を使った数え方で

語義

《Aiuole》花壇/《Ambito》区画・切望された/《Anafora》語頭反復/《Follia》狂気/《Da noi》わたしたちのところで/《Forsennato》狂乱の/《Incubo》悪夢/《Innesto》接合/《Invidia》妬み/《Lascito》遺贈/《Obiettivo》目標/《Obrizo》純粋な/《Pennacchio》房/《Perche ‘P’iace》好きな理由/《Quadratura del cerchio》円積問題/《Rendersi conto》気づく/《Rimpianto》悔恨/《Rovistare》探しまわる/《Sbancare》破産させる/《Sbolognare》厄介払いする/《Scapicollarsi》懸命になる/《Scartabellare》ざっと目を通す/《Sgamare》推察する/《Sorprendente》驚くべき/《Squadernare》明示する/《Sbucare》飛び出す/《Svarione》誤字/《Ubbia》迷信

忘却

《想い出》

世代

母がベンガル語の詩を書いていたノートは/きのう母にプレゼントした寝間着/人のからだはたやすくあっさりと/物語の舞台をコルカタの/今夜強い雨音を聞きながら/オクタヴィオ、おまえは/入院している叔父/ここでもノオルの/あの日の電話での/《Aに》/オクタヴィオから贈られたキッチン・クロス/かつてわたしたちの家では/公現祭の日、ローマでは/澄みきった水の中/芸術家だった叔父が

遍歴

どうしても知りたかった/(見たことのない)東海岸沿いを/子どものころの駅にもどり/機内で目を引いた/ボルゴ・ピンティは/ヴェネツィア婦人/ルッツァーティ通り八番地で/わたしはなにをしただろう?/世界一低い場所、死海で/赤く果てしない/昔は空港で胸が躍った/低い放物線を描くイギリスの風景/六歳の息子を/ラヴェンナのホテル/病院はあなたの後ろにあった/ローマを離れるのは

考察

バリスタには言わないが/十一月の終わりは/眠っているとき手を挙げたら/映画館に入る前に/どの行も途切れ途切れで/恍惚とするもの/わたしの世話をするだけで/もちろんわたしもいつかは/今朝の川は/闇さえもじっとしていない/やっかいな仕事/年末の空は真珠層/冬の朝/一瞬のうちに/わたしが出発する日なので

訳者あとがき




ジュンパ・ラヒリ

1967年、ロンドン生まれ。両親ともコルカタ出身のベンガル人。2歳で渡米。コロンビア大学、ボストン大学大学院を経て、1999年「病気の通訳」でO・ヘンリー賞、同作収録の『停電の夜に』でピュリツァー賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞ほか受賞。2003年、長篇小説『その名にちなんで』発表。2008年刊行の『見知らぬ場所』でフランク・オコナー国際短篇賞を受賞。2013年、長篇小説『低地』を発表。家族とともにローマに移住し、イタリア語での創作を開始。2015年、エッセイ『ベつの言葉で』、2018年、長篇小説『わたしのいるところ』を発表。2022年からコロンビア大学で教鞭を執る。

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