動物たちの家 / 著者・奥山淳志 / みすず書房
いのちと生きる
生まれてこのかた、動物を飼ったことがない。
飼ったり育てたものといえばカブトムシくらいだろうか。だからよくある犬派なのか猫派なのかという議論で自分はどちらなのか未だ定かではない。
信州に移住すると何かの動物を飼っている方たちに多く出会うことがある。それは都内よりも広々とした住まいだからなのかもしれない。その飼い主たちが動物たちと触れ合ったり、時には厳しく躾けたりしている姿を微笑ましく見るにつけ、割り込む気は毛頭ないのだが、どうやってもその2者の間の関係性に割って入ることは難しいということを感じることがある。動物と飼い主との深い関係性なのだ。それは人と人との関係性ともまた違う。片方が言葉が話せないということもあるかもしれないのだが、私たちが言葉で組み立てていく人間同士の関係性よりも奥深くに原初来持っているいのちやこころを通しての関係性のように思えてくるのだ。
こんな深い動物との関係性を描いているのが、本書『動物たちの家』だ。写真家の奥山淳志さん自身が体験した動物と過ごした時間が丁寧に描写されており、先ほど動物との関係は言葉では言い表せないと記述したけれど、奥山さんの選ぶ言葉は限りなく、その関係性をうまく表現されており、その情景が頭に思い描くことができ、グッと引き込まれてしまう。犬、インコ、ハムスター、鳩、鶉、猫…共に生きたいのちの瞳や毛並、行動や表情の記憶が、語りかけてくる。小さな生き物たちへの友情と哀惜。動物を求める感情の源を見つめ、その“場所”で息をしている生命のすがたを綴る、『庭とエスキース』の著者による新しい動物文学。
「この後、犬をはじめハムスターや野鳥や鳩やインコなどたくさんの生き物と暮らすことになるが、思えばこれが自分以外の小さな生命を胸で感じた最初の瞬間だったのかもしれない。子犬を抱き上げて力強い鼓動を感じ、小さな瞳を見つめたあの日の経験は知らぬ間に僕の胸のうちに“場所"を生んだのだと、今の僕は感じている。
それは、小さな生命が灯す光に照らされた場所だ。とてもきれいな場所だけれど、美しさだけに包まれているものでもない。生きることの根源的な残酷さや無常を孕み、もしかしたら小さな生命たちの墓所のような地なのかもしれない。僕が過去に出会い、ともに過ごした生き物たちはみなその生を終えてしまっている。僕の前で確かに存在していたあの生命たちはどこに消えてしまったかと、ときおり、遠い日に忘れてしまったものを急に思い出したかのような気持ちになる。でも、あの美しい針が居並ぶような艶やかな毛並みも、鮮やかな色彩のグラデーションが施された柔らかな羽毛も、ひくひくと震え続ける桃色の鼻先も、僕を満たしてくれた小さな生き物たちの存在は確かに消えてしまっていて、どこを見回しても見当たらない。それでも根気強く探し続けると最後にたどり着くのは、いつも胸のうちにあるこの“場所"だ」(本文より)
奥山淳志さんの前著『庭とエスキース』と一緒に読むと、奥山さんの大事にしているものを感じ取ることができます。あわせてお楽しみください。
奥山淳志
写真家。1972年大阪生まれ、奈良育ち。京都外国語大学卒業後、東京の出版社に勤務。1998年岩手県雫石町に移住し、写真家として活動を開始。以後、東北の風土や文化を撮影し、書籍や雑誌等で発表するほか、人間の生きることをテーマにした作品制作をおこなう。2006年「Country Songs ここで生きている」でフォトドキュメンタリー「NIPPON」2006選出。2015年「あたらしい糸に」で第40回伊奈信男賞、2018年写真集『弁造 Benzo』で日本写真協会賞新人賞、2019年写真集『弁造 Benzo』および写真展「庭とエスキース」で写真の町東川賞特別作家賞を受賞