Farm to Table シェフが愛する百姓・浅野悦男の365日 / 著者・浅野悦男 / 平凡社
野菜を食す人たちへ
Farm to Tableという言葉を聞いたことがあるだろうか。
2010年代後半ごろから、環境先進国や食文化の中心地などで盛んに言われていた標語のようなものだが、この時代くらいから積極的にシェフたちが自分たちが普段使っている食材の生産場へ足を運ぶことが多くなったように思う。自分も青山のファーマーズマーケットのチームと色々なマーケット企画を行なっていたこともあり、そうした言葉を耳にする機会がとても多かった。
物事の川上から色々なことを整えていかねば、川下のサービスにまで影響が出てきてしまうという至極真っ当な話なのだが、実際に行動に移すのはかなり難しいのではないだろうか。こうして言葉にしてみると、どうしてもシェフの側から農家さんなどの生産者さんたちへのベクトルになってしまいがちだし、いつだってメディアで取り上げられるのは、花形のシェフの方だからなんともやるせない気持ちになってくる。
しかし、本書『Farm to Table シェフが愛する百姓・浅野悦男の365日』は違う。農業歴60年以上の浅野さんの四季折々の農に向かう姿勢やその間にどのようなことを思考しているのかということが、彼自身の言葉で語られているからだ。中でも印象的だったのが、生産者という立場ではなく、あなたのレストランの野菜生産部門であると言い切っているところだ。最終的な一皿をお客様に提供するという目的において、その立場はあくまでフラットであるということを痛快に語られているのが面白い。けれどだからといってきりきり舞いわけでもなく、そのスタンスを浅野さんの言葉を借りれば『野菜作りは、道楽だ。』という一言に尽きるのではないだろうか。
農業歴60年以上の経験の中で、スーパーでは見かけることのない野菜やハーブ、食べられる花などを栽培し、飲食店に直接届けている浅野悦男。畑から食卓へ、ひと続きとなる道を拓いた先駆者だ。その一年の仕事をたどり、シェフたちとの交流をとおして磨かれた農業哲学の一端をひもとく。
白い根っこだけが大根だと思うなら、そこで終わり。だけど毎日つぶさに観察していれば、そうじゃないことに気付く人は気付くはずだ。どの状態のものを、どんなふうに使ったら面白いか、おいしいか。レストランの「皿の上」をイメージすることで、可能性はどんどん広がる。1+1が2で終わらず、3にも5にもなるんだ。(「春─萌芽のとき」より)
野菜を食す人たち全員におすすめしたい一冊。
<目次>
第1部 春夏秋冬 浅野悦男の農と食
春――萌芽のとき
夏――灼熱のとき
秋――練熟のとき
冬――深穏のとき
第2部 匠たちと語るガストロノミーのいま
対談:浅野悦男×奥田政行(「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ)
鼎談:浅野悦男×生江史伸(「レフェルヴェソンス」エグゼクティブシェフ)
鼎談:浅野悦男×樋口敬洋(サローネグループ統括料理長)
浅野悦男
独自の知見と技術で、名だたるシェフをうならせる野菜を作る「伝説の農家」。自称「百姓」。年間100種類以上の野菜を出荷している。生産者と料理人が直接つながる道を拓いた浅野は、2023年、フランスのレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」で「テロワール賞」を受賞。単なる食材の提供ではなく、「料理人に武器を与えてくれる」と、シェフたちは浅野を慕う。外国からやってくる名シェフたちも、こぞって浅野の農場を訪れる。