色と形のずっと手前で / 著者・長嶋りかこ / 村畑出版
かつての幼い自分
子供を出産して3年半が過ぎた。本書の著者長嶋りかこさん同様、私も高齢出産だったため育児中は常に自分の体力の限界を感じながらの日々である。手がまったく離せない、眠れない乳児期なんかは正直「幸せ」よりも「辛い」が優っていた。
まだ言葉のキャッチボールができない息子と家で2人きりで過ごしていた時期にはたびたび孤独を感じた。息子と接していても、その言動はすべて自分に跳ね返ってくるようで、まるで私と向き合わされている気分だったから。
小さな息子のまなざしやまっさらな心の世界をのぞくうちに、自分の朧げな子供の時の記憶や感情がフラッシュバックしてくることがある。
その多くは悲しさや怒りで、きっと奥底のほうにしまい込んでいたものだと思う。
「子育ては自分育て」と言うけれど、見事に子供は鏡となって、私にたくさんのことを教えて成長させてくれている。
本書はグラフィックデザイナーの長嶋りかこさんが妊娠を機に、出産、育児とめまぐるしく変化していく時期の心の機微をiphoneに書き溜めていたメモを元に書かれた一冊。
妊娠期の体がままならなくなっていく感覚、産後の「育児がこんな大変だなんて聞いてないよ」な時期をはじめ、「母親像」との葛藤など、いち母親として共感する部分があるだけでなく、育児と仕事の両立や社会の中でのジェンダーギャップにも触れ、その不条理さや違和感は母親だけでなく、性別関係なく読んでほしい、と思わされる本となっている。
そして、子供といることで度々綴られる故郷の記憶、幼い自分。
子育て中は自分のアイデンティティを再構築していくような日々でもある。
自分の過去を含め、ありのままをさらけ出すのは怖くもあり、出版にあたってきっと相当な覚悟と勇気が必要だったと推察する。
それでも長嶋りかこさんの勇気が波紋となって周りに広がっていき、小さく、大きく社会が変わっていくといいな、という希望も生まれた。
声なき声をなかったことにしないために、私に、私たちにできることはなんだろう。
周りの人と様々な思いを共有しながら、当店でも推していきたい一冊です。
目次
想定外の曲線
四角くて軽くて早い まあるくて重くて遅い
期待される自然な形
産まれたての赤
混乱の白い血
見えない仕事 見えない性
母のグラデーション
変形するひと 変形しないひと
命の結び目
色と形
長嶋りかこ
グラフィックデザイナー
1980年生まれ。2003年武蔵野美術大学卒、2014年village®設立。ビジュアルアイデンティティデザイン、サイン計画、ブックデザインなど視覚言語を基軸としながら、芸術や文化的活動・環境活動・福祉活動等の領域において、対象のコンセプトや思想の仲介となり、色と形に翻訳する。近年は、制作プロセスにおける環境負荷を減らすため、デザインに廃棄物の削減やリサイクルや負荷の少ないマテリアルの選択を組み込む。これまでの仕事に「札幌国際芸術祭“都市と自然”」、ポーラ美術館の新VI計画、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館「エレメントの軌跡」、「Ryuichi Sakamoto: Playing the piano 12122020」など。2018年に出産をし、育児とデザインの仕事の両立の困難さから見えてくる社会への眼差しを綴った初の著書『色と形のずっと手前で』を村畑出版より出版。