文化の脱走兵 / 著者・奈倉有里 / 講談社
言葉の森の中で
エッセイというと日記とも違った少し博識高い雰囲気と思う方も多いと思います。最近は日記がとても流行っているので、それをエッセイといったりする人も中にはいるかもしれませんが、エッセイは日記よりももう少し深く、著者の思考の輪郭を感じ取れるようなものなのだと思っています。
本書『文化の脱走兵』を一読した時に、これこそがエッセイなのだということを実感しました。どのエピソードもタイトルの内容と少し脱線もしつつ本論の方に行くのですが、それがとても心地良いのです。変に狙った伏線回収でもなく、自然に言葉が紡がれていきます。例えるなら、森の中をひたすら歩いているところから次第に地上から足が離れ少し空の上から森の全体像を見渡し、そして再び地上の森の中を進んでいくようなそんな感覚です。
内容は、ロシア文学研究者であり、翻訳者としても活躍されている奈倉有里さんが2022年から2024年にかけて月刊『群像』に寄稿していたエッセイを一つにまとめた本なのですが、あとがきを読むと、どうやら一つ一つのエピソードが他のエピソードを補完するような関係性となっていて、繋がりがないエッセイのはずがこうして一冊にまとめることで不思議な文脈が生まれてそれぞれを補い合っているようなのです。
著者の奈倉さんも秋が好きなようなのですが、秋の午後にゆっくりと浸りたい一冊です。
<目次>
クルミ世界の住人
秋をかぞえる
渡り鳥のうた
動員
ほんとうはあのとき……
猫にゆだねる
悲しみのゆくえ
土のなか
道を訊かれる
つながっていく
雨をながめて
君の顔だけ思いだせない
こうして夏が過ぎた
巣穴の会話
かわいいおばあちゃん
年の暮れ、冬のあけぼの
猫背の翼
あの町への切符
柏崎の狸になる
あとがき 文化は脱走する
奈倉有里
1982年、東京都生まれ。ロシア文学研究者、翻訳者。2008年、ロシア国立ゴーリキー文学大学を日本人として初めて卒業する。東京大学大学院修士課程を経て博士課程満期退学。博士(文学)。2022年、『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』(イースト・プレス)で第32回紫式部文学賞、『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』(未知谷)などで第44回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)受賞。主な訳書に、ミハイル・シーシキン『手紙』(新潮クレスト・ブックス)、サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』『赤い十字』(集英社)、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言 増補版』(岩波書店)ほか多数。近著に『ロシア文学の教室』(文春新書)。