薪を焚く / 著者・ラーシュ・ミッティング、翻訳・朝田千惠 / 晶文社
生きるの灯
冬の生活は薪ストーブに火を入れることからはじまる。この文章を書いている今もテーブルの後ろにある薪ストーブに意識を向けながら、薪に火がしっかりと灯っているかを確認しながら書き進めている。
小学校の理科の授業で習う通り、ものの燃焼の三要素として「可燃物(もえるもの)」、「酸素(空気など)」、「熱(点火源)」が必要となる。可燃物は広葉樹をベースとした薪、そこにマッチで着火される火が降ろされ、ダンパーを調整しながら適切な量の空気を炉の中に送り込んだら、自然と火は燃え広がりストーブで暖をとれる状態へと変化していく。この三要素が揃わない時の静謐さをまとったオブジェクトしての薪ストーブ、そしてそこから伸びる煙突に、一つのストーリーが加えられる瞬間が暖をとる以上にとても大切なことを私たちに示唆してくれているようだ。
こう文章で書いているとなんと優雅な暮らしと思われてしまいそうだが、実際はそう簡単にはいかない。この燃焼の三要素というのは絶妙な塩梅があるようで、少しでもバランスが崩れると燻って終わりなんてこともしょっちゅうだ。今日はいけるぞっていう時に限って上手く火がつかなかったり、今日は怪しいなって時は呆気なく火が燃え広がることも多く、こちらの心情を読み取られていようで歯痒い。
いずれにしても、毎朝の個人的なチャレンジが繰り広げられているというわけである。
さて、本書『薪を焚く』はそんな薪ストーブユーザー必見の一冊だ。
世界15か国で翻訳、50万部超のベストセラーでノルウェー本国では2011年刊行以来、ロングセラーを続ける本書は、薪ストーブ大国である北欧の国々がどのように薪ストーブと生活を共にしてきたかなど、薪焚きの実践的な知恵と技を伝えつつ、エネルギー問題に取り組む社会の変遷、大気汚染を抑える燃焼技術の革新、チェーンソーや斧など道具の歴史、薪愛好者たちへの取材など、あらゆる薪をめぐる人々と社会の物語が一冊におさめられている。
冒頭のプロローグで元気のないお爺さんが薪割りをすることで生きる活力がみなぎっていた話は、自分がその状態になっていないにしても、毎朝起きた時にさあ今日もいっちょやってみっか!と薪ストーブの前に行く心境に通ずるものがありそうだななんてことを考えてしまう。
北欧の冬は寒い。
屈指の寒冷地で古くから人は山に入り、木を伐り、薪を積んで乾燥させ、火をおこしてきた。薪焚きは生活に欠かせない技術として受け継がれ、いまも人々の生活文化に根づいている。
伐って、割って、積んで、乾かし、燃やす──
ただひたむきに木と対話する。
そこに浮かび上がる、自然との関わり、道具への偏愛、スローライフの哲学、手仕事の喜び……
生きるの灯の意味と価値を知れる一冊。
<目次>
プロローグ──年老いた男と薪
寒さ
薪割りと癒やし/薪使用の衰退と復活/エネルギーと国民文化/煙の出ない火はない?/自宅でつくれるエネルギー……
⁂薪人──ある独身男の土地に描かれた森
森
どこで木を伐るか?/森へ/軽食ではなく、食事を/決して乾燥しない薪/昆虫や害虫/月の満ちかけが意味するもの/恒久的なグリーン・エネルギー/最高の薪になる木は?……
道具
尖っていなくてはならない/森での道具/ノルウェーでよく使われるチェーンソー/斧/神の福音、油圧式薪割り機……
⁂薪人──チェーンソーのパイオニアたち
薪割り台
「薪割り年齢」/長いまま割る/膝立ちでの薪割り/冬場の薪運び……
⁂薪人──南風を受ける薪小屋
薪棚
屋根を付けるか、付けないか?/薪を積むときのちょっとしたコツ/樹皮は上か、下か?/薪積みの方法……
⁂薪人──庭の彫像
乾燥
フマータ・ネラ/乾燥の時期/聖ヨハネの日には乾燥する薪/平衡含水率に達した薪/台所での研究/火に当たるとどのくらい暖まるのか?……
ストーブ
クリーンバーン革命/未来のストーブ/煙突のドラフトと空気の供給/ストーブの使用とメンテナンス……
炎
燃焼/焚き付け/大気汚染の最小化/着火は上から/夜間の暖房/灰掃除の芸術……
⁂薪人──クリスマスの伐採とファヴン積み
エピローグ──バーニング・ラブ(燃える愛)
ラーシュ・ミッティング
1968年、ノルウェー南部ギュブランスダーレンのフォーヴァング生まれ。ジャーナリスト、編集者として出版社勤務ののち、現在は専業作家。小説『Hestekrefter(馬力)』(2006)、『Vårofferet(春の犠牲)』(2010)を発表後、2011年に刊行した本書はノルウェーとスウェーデンだけで24万部を売り上げ、これまでに世界15 ヶ国で翻訳出版されている。2016 年には英“The Bookseller” 誌による年間最優秀ノンフィクション大賞受賞。続けて発表した小説『Svøm med dem som drukner(溺れし者と泳げ)』(2014、ノルウェー本屋大賞受賞)、『Søsterklokkene(双子姉妹の鐘)』(2018)もノルウェー国内でベストセラーに。作品は世界中で翻訳され、販売部数は5作品あわせて100万部を超える。黒ストーブを愛用し、廃棄されていたヨブーのチェーンソーを偏愛する薪人でもある。



