なんで人は青を作ったの?―青色の歴史を探る旅 / 著者・谷口陽子、髙橋香里 / 新泉社
魅惑の青
昔から文房具、中でも筆記具・ペンが好きだった。学生の頃はシャープペンシルで文字を書くことがほとんどだったけれど、大人になるに従い、特に社会人になってからは消すことのできないペンを多用するようになった。自分が社会人になった頃には消せるボールペンなるものが世間に登場したのだが、自分の性には合わなかったのと、契約書に文字を署名をするということが多かった職業だったため、熱の反応でインクが消えてしまってはいけないということもあり、そもそもそういった類のものを使うということは習慣化されなかった。
中でもお気に入りなのが、ドイツのSTAEDTLER社のpigment linerだ。元々設計図面などを引くための道具のようなのだが、蓋をしばらく開けていてもインクが乾かない点やものとしての存在感も気に入っており、今のところこのペンの右にも左にも出るものはないのではなんてことも思っている。さらにペンの色は青だと決めている。どういうわけか、こうしたペン生活が始まった時に、意識してかしないかそれがたまたまだったのか、青のペンで文字を書いたりすると思考の広がりを感じることができた。勘違いなのかも知れないが、後々調べてみると、青色は人をクリエイティブにしてくれるといった説を見てしまい、なおさら青から離れることができなくなってしまったというわけなのだ。そんな魅惑の青に惹かれ、今も筆を走らせている。
さて、本書『なんで人は青を作ったの?―青色の歴史を探る旅』は題名通り青という色はどのように作られ、人々が認識していったのかを物語として伝えてくれている一冊だ。
運動が苦手で人見知りの蒼太郎と運動神経がよくてお調子者の律。対称的なふたりの中学1年生男子が、化学者の森井老人の指導のもと、人類がどうやって「青色」を手にしたのかを証明する壮大な実験に挑戦する。顔料に使えるような青色の石(鉱物)は自然にはほとんど存在しないため、古代から人類は様々な工夫をして「青」を作ってきた。銅やお酢、ウシの血など、簡単に手に入る材料から高価な青を作りだした先人たちの知恵を科学者の森井老人と共に実験する様子は自らもその場に居合わせているかのような感覚となり、物語に引き込まれていくことは必至だろう。
<目次>
おもな登場人物
プロローグ
第1章 ヴェルディグリとオドントライト
実験のスタートはヴェルディグリ/できあがりは茶色になる?/最古の人工青色? オドントライト/緊張の連続の実験
第2章 ラピスラズリとウルトラマリンブルー
中央美術館でウルトラマリンブルーとであう/きれいな青ができた!/日本にウルトラマリンブルーはなかった?
第3章 スマルトとフォルスブルー
コバルトからスマルトを作る/偽物の青色を作る/きれいなコバルトガラスができあがる
第4章 エジプシャンブルー
人類がはじめて作り出した合成の青/作るのはガラスじゃない?/エジプシャンブルーはキラキラ光っていた?
第5章 骨董店と科学倶楽部
摩訶不思議な森井老人の骨董店/久しぶりの科学倶楽部/バクテリアから赤い顔料ができた
第6章 マヤブルー
植物から作られたマヤブルー/強烈なにおいの青い液体/くさい液体からマヤブルーができた!
第7章 プルシアンブルー
ベルリンで作られた青/ベロ藍作りに挑戦/実験に失敗するって、悔しいぞ!/時間をかけてできたヴェルディグリ
第8章 埴輪
古代の日本で使われていた青は?/古文書の「青」を探しに茨城へ/〈あおに〉を発見?/青緑に見える山肌がある/インスタントカメラで記念撮影/伝説の紺色〈あおに〉
第9章 中世の青色の話
錬金術を調べに中央美術館へ/青色も錬金術で作った?/本物のレシピで再現に成功/ぼくたちが名前をつけていいの?
第10章 旅立ち
サイコーだった青の実験/企画展に展示される⁉/律がいなくなる/2年後に届いた招待状/はじめてのレセプション参加/展示されたぼくたちの青の実験 その1/展示されたぼくたちの青の実験 その2/レセプションで注目をあびる
エピローグ
あとがき
おもな参考文献
謝辞
谷口 陽子
筑波大学人文社会系歴史・人類学教授。保存科学・考古科学を専門としている。
1974年東京生まれ茨城育ち。筑波大学人文学類卒業後、東京藝術大学大学院で保存科学を学ぶ(文化財修士)。2010年筑波大学にて博士(文学)。
1998~99年にゲティ保存研究所(米国)でグラデュエートインターン、東京藝術大学で助手をつとめたのち、2001~04年にマルタ国立修復センター調査科学部(マルタ)で助手、その後、2004~08年に(独)東京文化財研究所文化遺産国際協力センターにおいて特別研究員を務め、アフガニスタン、インド、中国などの文化遺産の保存修復を行う。
2008年より筑波大学大学院人文社会科学研究科歴史・人類学専攻助教、2013年より准教授、2024年から現職。ユーラシア大陸におけるさまざまな彩色文化財の材料研究や、トルコやエジプトで壁画の保存を行っている。
著書にThe Wall Paintings of Bamiyan, Afghanistan: Technology and Materials, Archetype Publications Ltd., 2022など。
髙橋 香里
SOMPO美術財団・保存修復準備室リーダー。油彩画の保存修復を専門としている。
1981年山梨県甲府市生まれ。一橋大学経済学部卒業後、アパレル会社勤務を経て東京藝術大学美術学部芸術学科にて西洋美術史、東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻にて油彩画の保存修復を学ぶ。2021年同大学院にて博士号(文化財)を取得。2021~22年文化庁新進芸術家海外派遣制度にて西アッティカ大学(ギリシア)に留学、2023~24年東京藝術大学保存修復彫刻研究室にて助手を務める。2024年から現職。