堀部安嗣 建築を気持ちで考える / 著者・堀部安嗣 / TOTO出版
人間の叡智の結晶
私たちが生きている中で過ごす時間の長い建物というもの。家はもちろんのことスーパーや公共施設、美術館といったように、私たちは建物と建物の間を行き来しながら生活を営んでいるともいえます。
今まで国内外問わずさまざまな建築体験をしてきましたが、自分の中でしっくりとくる建物はどれも周りの環境との調和を考えて建てられたものが多い印象です。突飛なものではなく、その場所にあるべくしてある。そんな建築としての“確かさ”というものが、そこに滞在する人たちの安堵感へと伝播していくのかもしれません。
『建築を気持ちで考える』本書のタイトル通り、読んでいて建築ってやっぱりいいな、なぜこの建物がこの場所でこのカタチで建てられているのかといういわば、建築設計初期の施工プロセスを丁寧に、時代の流行に流されず、独自の建築をつくり続ける堀部安嗣さんが書き連ねているのが印象的な一冊です。
1章では、「自分の進むべき道を教えてくれるもの」として、氏に影響を与えた国内外の建築作品や建築家たちの魅力を解説。G.アスプルンド、L.カーン、F.L.ライトなど、最も影響を受けた5人の建築家について、実際にその作品に身を置き、学んだこと、感じたままの想いを、手描きのスケッチや自らによる撮りおろし写真と共につづります。2章では、処女作である「南の家」、「ある町医者の記念館」から「阿佐ヶ谷の書庫」、2016年の建築学会賞(作品)を受賞した「竹林寺納骨堂」などの近作、更に現在進行中のプロジェクトに至る43の作品を、氏が大切にしている8つのキーワードを通して振り返ります。その時々に氏が試行錯誤を繰り返してきた軌跡を辿りながら、建築家・堀部安嗣氏とその作品の魅力に迫ります。
特にはじめの章の方でまとめられている堀部さんが影響を受けた名建築家を訪ねる旅のエッセイは一緒にその建築を見学しているかのような気持ちになっていきます。
ページの中にたびたび出てくる堀部さんならではの視点で撮影された写真や手描きの水彩図面やスタディスケッチはさらに無機質な建築という概念に彩りを加えてくれます。
堀部さんが建築をつくるうえで特に重要となった建築体験と、43作品の設計プロセスをもとに、その時々にどんな気持ちで建築を考えたかをエッセイ形式で書き下ろした本書は作品集とは異なる形で建築家の魅力と思考に迫った一冊になっています。
建築やデザインに携わる方はもちろん、人の生活を支える基盤となる「住まい」について考えるきっかけとして、一般の方々にも是非手に取っていただきたい一冊です。
そして堀部さん、建築は人間の叡智の結晶なのですね。
<目次>
はじめに
1章 私が影響を受けた建築
1.人間への眼差しの大きさ
エーリック・グンナール・アスプルンド設計の
「森の墓地」「ストックホルム市立図書館」から
2.コモンセンスの追求
ルイス・カーン設計の「リチャーズ医学研究棟」
「エシェリック邸」「ソーク研究所」
「フィッシャー邸」「キンベル美術館」から
3.時代を超える有用性と普遍性を表現した、建築の予言者
フランク・ロイド・ライト設計の「落水荘」「帝国ホテル」から
4.明るく芳醇なデザイン力によって切り開いた地平
アルヴァ・アールト設計の「アールト自邸」「アトリエ・アールト」
「セイナッツァロの村役場」「パイミオのサナトリウム」
「夏の家」「マイレア邸」から
5.森羅万象すべてを等価に扱うデザイン
カルロ・スカルパ設計の「ブリオン・ヴェガ墓地」
「カステルヴェッキオ美術館」から
6.私の建築の源流
「伊勢神宮」「東大寺」「新薬師寺」「法隆寺」「慈光院」
「高桐院」「高山寺石水院」
「中村家住宅」「銘苅家住宅」「屏山書院」から
2章 私の試行錯誤の軌跡
1.初めて、ひとりで
「南の家」「ある町医者の記念館」
2.本来の建築の役割を考える
「屋久島の家」「屋久島の家Ⅱ」「八ヶ岳の家」「蓼科の家」
湘南のゲストハウス」「軽井沢の家」「軽井沢の家Ⅱ」
「北杜の家」「里山住宅博ヴァンガードハウス」を例に
3.記憶の継承
「伊豆高原の家」「青葉台の家」「大美野の家」
「御殿山の家」
「逗子の家」「荻窪の家」を例に
4.ずっと昔からあったかのように
「由比ガ浜の家」「屋久島メッセンジャー」
「鹿嶋の研修所」「那珂の家」を例に
5.庭から生まれる建築の多様性
「市原の家」「我孫子の家」「善福寺の家」
「六郷の集会所」「倉敷の家」「住吉の家」「砧の家」を例に
6.静けさと光
「大泉の家」「屏風浦の家」「牛久のギャラリー」
「芦屋川の家」「北青山のマンション(改修)」より
7.「生と死」が共存する空間
「阿佐ヶ谷の書庫」「竹林寺納骨堂」
8.人と建築と場所のつながり
「イヴェールボスケ」「玉川田園調布共同住宅」
「KEYAKI GARDEN」「浜松の診療所」「浜松の家」
「鎌倉山集会所」「せとうちクルーズ船 guntû(ガンツウ)」
「葉山ホテル(計画案)」を例に
あとがき
作品データ
クレジット
略歴クレジット
堀部安嗣
1967年神奈川県横浜市生まれ。1990年 筑波大学芸術専門学群環境デザインコースを卒業後、1991~94年 益子アトリエにて益子義弘に師事。1994年 堀部安嗣建築設計事務所を設立。2002年 「牛久のギャラリー」で第18回吉岡賞、2016年 「竹林寺納骨堂」で日本建築学会賞(作品)を受賞。2007年~ 京都造形芸術大学大学院教授。 著書に、『堀部安嗣の建築 form and imagination』(TOTO出版、2007年)、『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』(共著、新潮社、2014年)、『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』(平凡社、2015年)がある。