長い読書 / 著者・島田潤一郎 / みずす書房
読書はマラソン
大学生になるまで全くといいほど本を読んでこなかった人生でしたが、社会人になると活字の虫のようになり、今では小さな書店を営むまでになっています。人生どこでどうなっていくのかというのはわからないものです。
どこかに旅に行く時は旅のお供に本を携え、さらに旅先の本屋に出向けば旅の記憶にと本を少なくとも一冊購入するので、なぜだか本をたくさん抱えて家路に着くのです。海外に行くと自分が作ったマガジンを作り手に手渡すと、ハードカバーが主流の向こうの国らしく無骨でヘビーなその作り手が掲載された本をありがたく頂戴する始末。さらに重くなったスーツケースに苛立ちを抱えて帰国をしたのもいい思い出となり、今ではその本は宝物となっています。
父が闘病して入院している時にも、毎日病院で顔を合わせていたので話題も尽き、そのうち本を読むためにお見舞いに来ているんじゃないかと思うくらい本を読みました。「その本、面白いの?」と聞かれれば、「普通かな」と思春期の少年のような返事しかできなかったのが今となっては悔やまれますが、その読書は父の最期という現実からの逃避行動の一つだったのだろうと今振り返ると感じられます。読む時間が長ければ読めるチカラが付いてくるもので、あれほど、没頭した読書は後にも先にもないと思うのです。
さて、本書『長い読書』はひとり出版社「夏葉社」をつくり、全国にファンをもつ著者・島田潤一郎さんが本と過ごした時間を語る、無二のエッセイ集です。本書の最初の『本を読むまで』で書かれているエッセイの中に読書はマラソンと似ているということが論じられています。確かに毎日数行でも読まないと次第にページを捲ること、はたまたその本の存在すらも忘れてしまうもの。さらに毎日読まないから次第に読む体力も無くなっていくというのは誰しもが実感としてあるのではないでしょうか。
その点、本書は短編小説のようなエッセイが掲載されているので、毎日の読書の習慣をつけるのにはうってつけなのかもしれません。
うまく本が読めなかったあの頃から、毎日子育てをしながら本を作り、読書を続ける現在まで。忘れられない時間をありのままに切り取った、そんなエッセイです。
今、父がここにいれば、この本を渡してあげたいです。
「本を読みなさい。
ぼくのまわりに、そんなことをいう人はいなかった。」小説を読みはじめた子ども時代、音楽に夢中でうまく本が読めなかった青年期から、本を作り、仕事と子育てのあいまに毎日の読書を続ける現在まで。
吉祥寺のひとり出版社「夏葉社」を創業し、文学をこよなく愛する著者が、これまで本と過ごした生活と、いくつかの忘れがたい瞬間について考え、描いた37篇のエッセイ。
本に対する憧れと、こころの疲れ。ようやく薄い文庫本が読めた喜び。小説家から学んだ、長篇を読むコツ。やるせない感情を励ました文体の力。仕事仲間の愛読書に感じた、こころの震え。子育て中に幾度も開いた、大切な本…。
本について語る、あるいは論じるだけではなく、読むひとの時間に寄り添い、振り返ってともに考える、無二の散文集。「ぼくは学校の帰りや仕事の帰り、本屋や図書館で本を眺め、実際に本を買い、本を読んだあとの自分を想像することで、未来にたいするぼんやりとした広がりを得た。」
<目次>
本を読むまで
本を読むまで
大きな書棚から
家に帰れば
『追憶のハイウェイ61』
バーンズ・コレクション
江古田の思い出
遠藤書店と大河堂書店
大学生
『風の歌を聴け』
本を読むコツ
文芸研究会
Iさん
すべての些細な事柄
「アリー、僕の身体を消さないでくれよ」
大学の教室で
本と仕事
『言葉と物』
『なしくずしの死』
『ユリシーズ』がもたらすもの
沖縄の詩人
リフィ川、サハラ砂漠
遠くの友人たち
『魔の山』
H君
団地と雑誌
本づくりを商売にするということ
「ちいさこべえ」と「ちいさこべ」
アルバイトの秋くん
本と家族
リーダブルということ
『アンネの日記』
『彼女は頭が悪いから』
子どもたちの世界
宿題
ピカピカの息子
声
そば屋さん
山の上の家のまわり
長い読書
島田潤一郎
1976年高知県生まれ、東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指す。2009年、出版社「夏葉社」をひとりで設立。「何度も、読み返される本を。」という理念のもと、文学を中心とした出版活動を行う。著書に『あしたから出版社』(ちくま文庫 2022)、『古くてあたらしい仕事』(新潮文庫 2024、近刊)、『90年代の若者たち』(岬書店 2019)、『本屋さんしか行きたいとこがない』(同 2020)、『父と子の絆』(アルテスパブリッシング 2020)、『電車のなかで本を読む』(青春出版社 2023)がある