フクロウの家 / 著者・トニー・エンジェル、翻訳・伊達淳 / 白水社
畏敬の観察
野生のフクロウはなかなか見られるものではないです。けれどギリシア神話に登場する女神パラス・アテナが司る知恵と学問の象徴としてシンボルマークやエンブレムの一部として活用されていることも多いかと思います。
私が初めて野生のフクロウの存在を感じたのは、今から十数年ほど前の晩秋の真夜中。実家の東京にまだ住まいがあった時に、たまたま夜遅く日付が変わる頃に最寄りの駅から歩いて帰っているところでした。その日は昼夜の寒暖差がとても大きく薄らと霧でモヤがかかり、歩道には役目を終えた金木犀の花弁が地面に薄らとまだその香りを漂わせながら落ちているような、そんな秋から冬への切り替わる瞬間のような時。満月がもやにかかり不気味な雰囲気が漂っていたように思います。すると、実家の奥の方にある用水路の周りを取り囲む森の中から今まで聞いたことのない『ホーホーォ』といった鳴き声が聞こえてくるのです。一瞬誰かのスマートフォンの着信音かと思ってあたりを見回してみても真夜中だったこともありそこにいるのは自分一人だけ。あたふたしているとまた『ホーホーォ』と少し低いその鳴き声をあたりに轟かせているのです。これはきっとフクロウだと思い、しばらくその貴重な鳴き声に耳を傾けて家路についたのでした。
さて、本書『フクロウの家』は画家、彫刻家として名高いトニー・エンジェル氏によって書かれた、フクロウと共に生き、触れ合った日々の観察エッセイです。1969年の晩夏、著者の一家はワシントン州シアトル郊外に引っ越しました。冬になる頃、近くの森にニシアメリカオオコノハズクという種類のフクロウが生息していることが判明し、窓から見える杉の大木に著者自らがDIYで作った巣箱を取りつけると、一組のつがいがそこを住み処に選びそれから一年にわたる観察の日々が始まります。
こういった日々の記録だけでなく、種としての進化の歴史と生態が手際よくまとめられ、第三章では、人類の文化においてフクロウがいかに想像力を刺激し、多様な形で表現されてきたか、古今東西の文学や美術を中心に展開されています。
どのトピックについても著者自身の具体的な体験が語られ、科学的に判明した関連事実も整理されつつ、野生生物や自然への深い愛情、畏敬の念が感じられるそんな一冊です。緻密な観察に基づく美しい著者のフクロウの彫刻の挿画もとても魅力的です。
<目次>
序 ロバート・マイケル・パイル
はじめに
謝辞
第1章 フクロウの家
第2章 フクロウのこと
第3章 フクロウとわたしたちの文化
第4章 人間と共生するフクロウ
第5章 変わったところに棲むフクロウ
第6章 僻地の荒野に棲むフクロウ
訳者あとがき
図版クレジット
参考文献
索引
トニー・エンジェル
1940年ロサンゼルス生まれ。ワシントン大学および大学院を卒業後、高校と短期大学で教壇に立ち、州の環境教育に携わる。作家、画家、彫刻家として活躍するかたわら、環境保全活動にも熱心に取り組み、これまで鳥類や自然環境に関する多くの作品を世に送り出している。邦訳に『世界一賢い鳥、カラスの科学』(ジョン・マーズラフとの共著、東郷えりか訳、河出書房新社、2013年)がある。2015年に刊行された本書は、同年の全米アウトドア図書賞を受賞した。彫刻作品は全米をはじめ各地の屋内外で展示され、シアトル美術館など各地の美術館に収蔵。絵画作品はコーネル大学やヴィクトリア&アルバート美術館に所蔵されている。