素材考: 新素材研究所の試み / 著者・榊田倫之 / 平凡社
古きを知り新しきを知る
『古きを知り新しきを知る』という言葉は誰もが一度は耳にしたことのあることわざなのではないでしょうか。言葉の響きはとても格好の良いものですが、日々新しいものが生み出され情報が行き交う現代社会で、古き事柄に目を向けて実践していくことはとても難しいように思います。
こと空間に関して考えてみると、個人的な好みに由ることが大きいかもしれませんが、特別お金をかけて豪華絢爛に設るよりも、限ある資源のもと、その土地の素材に工夫を凝らして、でもそんなことを感じさせない自然体な佇まいの空間にこころをハッとさせられることの方が多くあるように思います。和紙や土壁、彫りでパターン化された木などです。
本書『素材考: 新素材研究所の試み』は、著者であり建築家の榊田倫之さんが現代美術家の杉本博司さんと2008年に設立した新素材研究所で杉本博司さんと手がけた建築空間などを題材に、日本古来の素材や職人を訪ね歩き、デザインへと昇華させる試みから、日本の建築の未来を考えた一冊です。
本書の冒頭のはじめにで榊田さんが語られているように、産業革命以後、人と素材の距離感、特にその素材が採れる産地とその素材を実際に使う場所が明らかに遠くなっているように思います。
動力革命であった産業革命によって“輸送”できること、そしてその“輸送”によってどこにでも手に入り使えることに価値が見出されてきているように思いますが、その距離感や価値を見直すタイミングに現代は差し掛かってきているのでしょう。そして同時にそうした素材を見つけるのと並行で、それらを変幻自在に操っていける職人さんたちも再評価されるべきなのではと感じます。
さらに榊田さんはこうした価値についての見解をこう述べています。
『コンセプトやストーリーを背景に形体化された物や既製品を活用するアイデアに満ちたものづくりからは、作家性や思想が垣間見え、価値基準を全く別のアプローチで捉えようとする姿勢を感じる。』
古いもの、そして身の回りにある素材を一度見直してみることは未来に繋がっていくのだと感じられる一冊です。
<目次>
Ⅰ 日本の風土が育む自然の形
屋久杉
寒水石 白鷹石
漆喰
根府川石 小松石
Ⅱ 悠久の時間を旅する
大谷石
神代杉
低焼成瓦
耐候性鋼
Ⅲ 創作と自然をつなぐ循環
穴太積
銘石古材
板金の技
黒谷和紙
廃材
Ⅳ 技術と芸術のつり合い
縦桟障子
彫りの技
箒垣
硝子
鋳物切削
対談
Ⅰ:日本の近代化と国産大理石 矢橋修太郎/矢橋大理石
Ⅱ:大谷石文化史 橋本優子/近代デザイン・建築史家
Ⅲ:人間の営みと木材 鴨川實豊/鴨川商店
Ⅳ:見立ての木材 村尾泰助/泰山堂
榊田倫之
1976年滋賀県生まれ。建築家。2001年京都工芸繊維大学大学院建築学専攻博士前期課程修了後、株式会社日本設計入社。2003年榊田倫之建築設計事務所設立。2008年現代美術作家・杉本博司と新素材研究所を設立。現在、榊田倫之建築設計事務所主宰、京都芸術大学客員教授、宇都宮市公認大谷石大使。杉本博司のパートナー・アーキテクトとして数多くの設計を手がける。2019年第28回BELCA賞受賞。