ぼくの伯父さん / 著者・ジャン=クロード・カリエール、 イラスト・ピエール・エテックス、翻訳・小柳帝
あの時のあの気持ちで
人生初のドライブというものを経験したのは、伯父さんの車に乗せてもらったことかもしれません。というのも僕の家には小さい時には車がなく、車というものに乗ること自体もタクシーやバスといった公共交通機関のみという生活だったので、その人生初のドライブや伯父さんの車の中での道中の思い出というのを、今でもとても鮮明に覚えています。
トンネルの中では魂が抜かれてしまうから息を止めないといけない、といった正しく子ども騙しのようなことや、カーステレオから流れる謎の軍歌や自分の歌謡曲好きに多大なる影響を与えてくれた80年代の歌謡曲を集めたコンピレーションカセットなどのドライブミュージックを含めて、両親という身近な大人以外から大きな影響を受けた経験だったように思います。そうです。だから伯父さんという存在は人の人生において実はとても重要な登場人物なのではないだろうかと常日頃思っているのです。
さて、そんな伯父さんとぼくという関係性をパリを舞台にテーマにしたのが、フランス映画の巨匠ジャン=クロード・カリエール通称ジャック・タチによる名作映画『ぼくの伯父さん』です。そして本書はその映画を小説にした一冊になります。
本書の中の『伯父さん』は“普通の”大人たちからしたら、どうもいけすかない人のようですが、もう1人の主人公でもある子どもの『ぼく』にとっては、とても親しみ深く気になってしまう存在のようです。
物語を読み進めていると、両親たちの既存の枠組みやルールに窮屈さを覚えて如何に解放されていくかといった葛藤とも言えぬ葛藤が描かれています。こういったことは誰しも一度は両親との関係性の中で生まれていくことかと思います。そんな時に比較対象として描かれているのが『伯父さん』。周りからは少し煙たがれる存在なのですが、『ぼく』にとっては唯一の助け舟だったのかもしれません。
8歳の『ぼく』の回想録という設定で本書は綴られていますが、架空の物語のはずなのに、物語の『ぼく』がモヤモヤと両親や『伯父さん』に対して考えていることが、自身の幼少期の記憶ともシンクロしていく部分も多いのではないでしょうか。
幼少期の自分の気持ちにまた出会ってみませんか。
ジャン=クロード・カリエール
1931年生まれ。フランスの作家、劇作家、脚本家。高等師範学校を中退後、映画監督ジャック・タチの弟子で本書の挿絵も担当したピエール・エテックスの監督デビュー作となった短編映画『破局』で脚本家としてデビュー。手がけた脚本は約60本で、主な脚本に『昼顔』等のルイス・ブニュエルの後期傑作群、フォルカー・シュレンドルフ『ブリキの太鼓』、大島渚『マックス、モン・アムール』などがある。自身の著書も約80点あり、邦訳としては、ウンベルト・エーコとの共著の『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(CCCメディアハウス)などがある。2021年に逝去。享年89歳。
ピエール・エテックス
1928年生まれ。フランスの映画監督、俳優、道化師、イラストレーターなど。5歳のときに行ったサーカスに魅せられ、道化師の道を志す。ジャック・タチに弟子入りし、『ぼくの伯父さん』でアシスタントを務める。その時、イラストレーターとしての才能も買われ、ポスターデザインと、ノベライズ版の挿絵を手がける。そこで知り合ったカリエールと、自身も映画を制作するようになり、『恋する男(女はコワイです)』『ヨーヨー』『大恋愛』など長編・短編合わせ7本以上の映画を撮る。2016年に逝去。享年87歳。2022年末より「ピエール・エテックス レトロスペクティブ」が全国にて順次公開される。
小柳帝
1963年福岡県生まれ。ライター、編集者、フランス語翻訳。東京大学大学院総合文化研究科表象文化論(映画史)の修士課程修了後、映画・音楽・デザインなどをテーマに執筆活動を続けている。主な編著書に『モンド・ミュージック』(リブロポート)『ひとり』『ROVAのフレンチカルチャー AtoZ』(ともにアスペクト)『小柳帝のバビロンノート 映画についての覚書』(woolen press)。主な翻訳書に『ぼくの伯父さんの休暇』『サヴィニャック ポスター A–Z』(ともにアノニマ・スタジオ)。フランス語教室「ROVA」を主宰し、2022年に23周年を迎えた。