山の辞典 / 著者・織田紗織、川野恭子 / 雷鳥社
山の嗜み
登山になかなか親しみがない自分としては、そういった趣味を持っている方たちに多少なりとも憧れがあったりします。地上から見る山と違い、山頂から眺める景色を想像しただけでも、きっと人生観などにも影響を与えるのだろうと思います。
以前、大人の学びの場をディレクションしている時期があったのですが、その中の山登りの講義の謳い文句に『山頂を目指すだけが山ではない』というキャッチフレーズがありました。この言葉の響きに目的というものは一つではないのだ、と何かに囚われている気持ちを開放してくれるような心地の良い自由な響きを感じますが、言葉としては理解できるものの、やっぱり天邪鬼なので、そうだとしても結局向かっているのは山頂じゃないのか?なんてことも、こころの奥底では疼いているのでした。
本書『山の辞典』のページをめくると、そんな気持ちが和らいでくるのを感じます。
章立ても地形が美しい山(地)、山小屋が魅力的な山(荘)、花が微笑む山(花)、海が見える山(海)、紅葉が見事な山(紅)などの切り口で。「これを楽しむならここ!」という、おすすめの山を10の章に渡って、写真と文章で紹介されています。
ページの途中には、 山にまつわるコラムやメッセージ、山の色々な表情を連想させる 龍山千里のコラージュも。すでに登山を楽しんでいる人も、まだ登ったことがない人も、山の風景にドキドキして、そこにいる自分を想像できる1冊です。
全てのページの写真がとても美しく、登らない山登りをしているかのように感じることができるはずです。
中でも自分のこころにグッと来たのが荘の章。この章では山小屋にフォーカスを当てられたページなのですが、山の中に埋められているような小さな山小屋のビジュアルは自然に対しての人間を表しているかのようにちっぽけなのですが、そこで人との交流や物語が紡がれているのかと想像するとなんだか気持ちが温かくなってくるものなのです。そしてこんな山の頂に近いところに建築資材などを運び込んだ先人たちの凄さに驚かされるのです。
「なぜ、わざわざしんどい思いをして山に登るのか」と、よく聞かれる。一番の理由は、山を歩くと生きていることを実感できるのだ。頭を空っぽにしてひたすら登ると、細胞が生まれ変わっていく気がするのだ。
天邪鬼な気持ちを忘れて、山を登る日も近いのか。
山の嗜みを感じられる一冊です。
<目次>
地
荘
苔
水
光
花
星
海
紅
雪
織田紗織(saorin)
浅草橋の写真アトリエギャラリー「写真企画室ホトリ」を主宰。“写真を形あるものに残そう”をテーマに、写真雑貨制作やワークショップを開催。またギャラリーでも公募写真展を企画するなど、様々な写真イベントの企画活動を行っている。著書に『写真を楽しむ133のネタ帖』『フォトブックレシピ』『写真でつくる雑貨』(雷鳥社)などがある。個人レーベル「mt.souvenir」で“山のおみやげ”をコンセプトに、自ら登った山で見た景色を写真にとじこめた作品や、オリジナルデザインの山グッズも制作。好きな山:白馬岳、立山
川野恭子
写真家。日常と山を並行して捉えることにより、自身に潜む遺伝的記憶と死生観の可視化を試みる。撮影、執筆、講師、テレビ出演(NHK「にっぽん百名山」ほか)など、多岐に渡り活動。Steidl Book Award Japan ロングリストノミネート。京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)通信教育部美術科写真コース卒業。著書に『山を探す』(リブロアルテ)、『When an apple fell, the god died』(私家版)、『いちばんていねいでわかりやすい はじめてのデジタル一眼 撮り方超入門』(成美堂出版)などがある。好きな山:黒部源流、尾瀬