ツンドラの記憶: エスキモーに伝わる古事 / 編集・翻訳・八木清 / 閑人堂
私たちに流れる古事
最近息子が生き物に興味を持ち始めました。ペットとして飼われている犬や猫はもちろんのこと、公園で遊んでいるときに出くわすアリや蝶、空を悠々自適に舞う鳥、田んぼに水が張られより一層元気に鳴くカエルなどあげればキリがないほどの生き物に興味があるようです。そしてこれは親の私たちの完全なる勘違いなのだと思いますが、そういった生き物たちと会話をしているような仕草を時折見せるのです。会話ができていないのかもしれませんが、言葉というものの外側で何かを通じ合っているような雰囲気を醸し出しているのです。
そんな最中に出合ったのがこの本書『ツンドラの記憶: エスキモーに伝わる古事』です。人間がまだ動物で、動物が人間のように立ち振る舞っていた古い時代の古事がまとめられている一冊です。ここでポイントなのが神話ではないというところがポイントなのです。神話は言葉の意味合いとして現実にはない御伽話のニュアンスが含まれますが、この古事という言葉の中には、先祖が経験した古い事という意味が含まれているそう。そうです。ここに収録されている物語は我々人間たちが経験したことがいにしえの教えとして残されているものなのです。本書の中でも「これはおとぎ話ではなく、本当にあった出来事なんだ。俺たちの歴史なんだよ――」と語られています。
世界の始まり。生き物たちの奇談。精霊や魂にまつわる面妖な物語。人間と動物に区別がなく、同じ言葉を話していた時代の記憶。
時にユーモラスで、時に難解な〝魔法の言葉〟を、極北の大地に生きる狩猟民は世代を超えて語り継いできました。
探検家ラスムッセンが未開の極地で採録した彼らの伝承を中心に、長年エスキモー文化圏の人々や自然を撮影してきた写真家・八木清が選び、和訳したアンソロジーです。
読み進めていると、私たちの奥底に眠る何かが目を覚ましてきそうな、そんな予感さえしてくるそんな一冊です。
<目次>
序/ノウサギが世界に光を灯した話/シロクマたちの会話を聞いた女/カアツィルニ/魔法の言葉/海獣の母、海の精霊ヌリアユク/言葉を話すウミガラス/ふたつの漫ろ話/孤児と大気の精霊/クヌークサユッカ/ナーツク/創世紀――ワタリガラスの話/俺たちは怖れているのだ/トナカイの魂の怒りに触れ大地に飲み込まれた女/イヴァルアージュクの歌/アヤグマヒャヒャ
八木清
1968年、長野県生まれ。1993年にアラスカ州立大学フェアバンクス校ジャーナリズム学部を卒業後、写真家・水越武氏に師事。1994年から極北の先住民族エスキモーやアリュートのポートレート、生活・文化、彼らが暮らす自然風景の撮影を続け、写真展などで発表している。大型カメラのネガによるプラチナプリントで写真集『sila』(2011年、フォト・ギャラリー・インターナショナル)を制作。2004年、日本写真協会新人賞。2005年、準田淵行男賞。