本居宣長:「もののあはれ」と「日本」の発見 / 著者・先崎彰容 / 新潮社
見えない殻を剥ぎ取る
私たちの思考はどこからくるものなのでしょうか。もののやりとりはお金を介すものとして小さい頃からごっこ遊びなどを通して植え付けられ、一度メディアが作り出したであろう流行に飛びつき、またその流行に加勢してしまう。世の中にあるものはその創り手である者の想いや精神性を纏うものであるので、私たち人間が作ったお金という基準なので本来ならばそういうものでは計り知れないものなのだと思います。また流行というものはその言葉が示すように流れて行くものなので、自分自身が本来持っている価値観とはずれてくるのは必至です。
さて、私たちのこうした無意識的な思考は何がきっかけでそうさせている、させられているのか疑問が残ります。
本書『本居宣長:「もののあはれ」と「日本」の発見』そんな疑問を解き明かすきっかけになる一冊になることでしょう。中国から西洋へ、私たち日本人の価値基準は常に「西側」に影響され続けてきました。貨幣経済が浸透し、社会秩序が大きく変容した18世紀半ば、和歌と古典とを通じて「日本」の精神的古層を掘り起こした国学者・本居宣長。波乱多きその半生と思索の日々、後世の研究をひもとき、従来の「もののあはれ」論を一新する渾身の論考になっています。
日本思想史を画す「知の巨人」。その肯定と共感の倫理学とは――。
本書を読めば、あなたの思考の殻が一つや二つ剥ぎ取られていくことでしょう。
<目次>
序 章 渡来の価値観――「西側」から西洋へ
第一章 「家」と自己像の葛藤――商人、あるいは医者と武士
第二章 貨幣経済の勃興――学術文化の都への遊学
第三章 恋愛と倫理のあいだ――『あしわけをぶね』の世界
第四章 男性的なもの、女性的なもの――契沖、国学の源流
第五章 「もののあはれ」論の登場――『石上私淑言』の世界
第六章 源氏物語をめぐる解釈史――中世から近現代まで
第七章 肯定と共感の倫理学――『紫文要領』の世界
第八章 「日本」の発見――「にほん」か、「やまと」か
終 章 太古の世界観――古典と言葉に堆積するもの
先崎彰容
1975年、東京都生まれ。東京大学文学部倫理学科卒。東北大学大学院文学研究科博士課程を修了、フランス社会科学高等研究院に留学。現在、日本大学危機管理学部教授。専門は倫理学、思想史。主な著書に『ナショナリズムの復権』『違和感の正体』『未完の西郷隆盛』『維新と敗戦』『バッシング論』『国家の尊厳』など。