文学は実学である / 著者・荒川洋治 / みすず書房
文字の余韻
無駄なことが好きです。
旅に音楽、読書、コーヒー、お茶そしてお酒と言いたいところですがお酒は飲めません。これらは生活に必ずしも必要ないもので合理性を考えると不要といってもいいのかもしれません。でもこれらが好きだし、これが無くなった人生は考えられないでしょう。
人間にとっても物語というのもこれらの一見不要なものの一つなのかもしれませんが、私たち人間はその物語にいつも魅了され、そして翻弄されてきた歴史なのでしょうね。そしてその物語の最小単位が自分自身の人生や経験、つまりエッセイ的なものだともいえます。
昔はエッセイというものに馴染みがなく、村上春樹や東野圭吾といった起承転結のあるドラマ的な物語が好きでよく読んでいたように思います。けれど旅をするようになってからエッセイ集を一つバッグパックの中に入れ異国を旅しながら、そこに書かれた文字を追うのがとても好きになったのです。
中でもお気に入りなのが、荒川洋治さんのエッセイで日本との長距離便の飛行機ではなく、海外の国同士を結ぶ1時間から2時間程度のフライトの中で彼のエッセイを読むのが特にお気に入りでした。日本人というよりはアジア人は自分1人の異国の言葉が飛び交う中、しばらく接していなかった日本語という言葉をじんわりとその数時間で味わうにはうってつけで、夢中になりすぎて到着後、飛行機を降り、出てきたゲートの一番近い待合ロビーで少し続きを読んでいたほどです。
さて、ご紹介が遅れましたが本書『文学は実学である』はことばと世間、文学と出版、人間と社会に、休みなく目を凝らし耳を澄ませてきた現代詩作家『荒川洋治』さんによる28年間のベスト・エッセイがまとまっている一冊です。
ここに書いてあるエッセイはすぐにあなたの何かに役立つことは書かれていないかもしれませんが、ここにおさめられた一遍のエッセイがあなたの人生にとって何かのきっかけになるかもしれません。
文字の余韻をお楽しみください。
<目次>
I(白い夜/春の声/慈愛の顔/友だちの声/小さな銀行/夜のある町で/風のたより/横光利一の村/仕合わせのタマゴ/晩秋/大きな小事典/おかのうえの波/夢のクーポン券/声/漱石の自己批評/一人/目にいれるよろこび/沈黙の恋/陽気な文章/心のなかの広場/編集者への「依頼状」)
II(会わないこと/いつまでも「いい詩集」/思想と眺望/ポロポロの人/たしか/会っていた/道/畑のことば/芥川龍之介の外出/秩父/忘れられる過去/コーヒーか干柿/クリームドーナツ/すきまのある家/歴史の文章/メール/文学は実学である/場所の歳月/鮮やかな家/話しながら/今日の一冊/途中)
III(秋/ぼくのめがね/軽井沢/青年の眠り/いま動いた/静かな人の夜/水曜日の戦い/ソラの丘/白い戦場/「銀の道」を行く/釘/ブラックバード/百円の名作/ハナミズキ/畳の上の恋/おくれる涙/行間はない/これから/短編のあらすじ/最後の文章)
IV(ここにあるもの/二人/黙読の山/美しい砂/第三の書評/チチチ/蛙のことば/散文/葛西善蔵と人びと/国際交流の流行/南方通信/読書/春とカバン/駅から歩く/一枚/近代の記憶/ことばの道しるべ/詩歌の全景/春の月/見るという舞台/加藤典洋さんの文章/柔らかな空間/紅い花)
あとがき
荒川洋治
現代詩作家。1949年4月18日、福井県三国町生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業。1980年より著作に専念。1996年より肩書を、現代詩作家(みずからの造語)とする。詩集に『水駅』(書紀書林・第26回H氏賞)、『あたらしいぞわたしは』(気争社)、『渡世』(筑摩書房・第28回高見順賞)、『空中の茱萸』(思潮社・第51回読売文学賞)、『心理』(みすず書房・第13回萩原朔太郎賞)、『北山十八間戸』(気争社・第8回鮎川信夫賞)、評論・エッセイ集に『忘れられる過去』(みすず書房・第20回講談社エッセイ賞)、『文芸時評という感想』(四月社・第5回小林秀雄賞)、『詩とことば』(岩波現代文庫)、『文学のことば』(岩波書店)、『過去をもつ人』(みすず書房・第70回毎日出版文化賞書評賞)など。2019年、恩賜賞・日本芸術院賞を受賞。日本芸術院会員。