杉本博司 本歌取り: 日本文化の伝承と飛翔 / 著者・杉本博司 / くま書店
見えるものと見え得ぬもの
日本の写真家、現代美術作家、建築家、演出家で知られる杉本博司さんをご存知でしょうか。以前『江之浦奇譚』をご紹介した時にも出てきた杉本さんは小田原の江之浦測候所を作った日本を代表するアーティストです。日本の古美術にも造詣が深く、さらには自身も写真家としてアーティスト活動をしていることもあり、この江之浦測候所には時代を凌駕した時空間が広がっています。
そんな杉本博司さんの制作哲学の重要なキーワードとなっているのが、本書のタイトルにもなっている『本歌取り』というものになります。
この『本歌取り』とは、和歌の伝統手法の一つで、ある特定の古歌の表現を踏まえたことを読者に明示し、尚且つ新しさを感じられるように歌を読むことをいいます。
これは12世紀後半ごろからはじまり13世紀に流行した和歌の作成手法なのですが、杉本博司さんはこの『本歌取り』こそ日本文化に流れる通奏低音なのではないかと考え、自身の写真やアートワークのインスピレーションの源とされています。
時間の性質や人間の知覚、意識の起源といった長年追求してきたテーマを元に、千利休の「見立て」やマルセル・デュシャンの「レディメイド」を参照しつつ、独自の解釈を加えた発展的な「本歌取り」を試みています。
本書は、2022年9月から11月にかけて姫路市立美術館で開催されていた「杉本博司 本歌取り―日本文化の伝承と飛翔」の図録なのですが、展覧会に行かずともこちらの一冊には、圧巻の観音開きでみせる新作《天橋立図屏風》とその発想の源となった《三保松原図》、春日大社に関わりのある《金銅春日神鹿御正体》とそれを本歌とした《春日神鹿像》ほか、国宝を含むさまざまな名品を本歌に、杉本作品や杉本による名品の取り合わせとそこに添えられた試論が収録されています。
ページをめくっていると、歴史ある作品をただそれを批評し、解釈を加えるだけでなく、それらのインスピレーションを基に自身のアートワークとしてそれらを昇華していく様はあたかもそれが事前に予定されていたかのような錯覚さえ覚えます。
そしてその杉本さんの作品には、ちょっとしたユーモアが加えられているのがポイントなのだろうなと感じました。
ものに漂う気配を次に繋げていくこと。
アイデアが行き詰まったら、ページを開きたくなる、そんな風に大事にしたくなる一冊です。
<目次>
第一章 本歌取り
第二章 Noh Climax
第三章 書寫山圓教寺と性空上人
論考(神戸佳文、奥健夫、 増記隆介、 不動美里)ほか
杉本博司
1947年東京生まれ。1974年よりNY在住。活動分野は、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐にわたる。2008年建築設 計事務所「新素材研究所」、2009年公益財団法人小田原文化財団を設立。1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年秋の紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲、2017年文化功労者。