Forget it Not / 著者・阿部大樹 / 作品社
忘れ去られてしまう前に
世の中、さまざまな情報で溢れています。つい最近やっていたニュースもメディアでどこも報じなくなってしまい、あれそういえばあのニュースのその後ってどうなっていたんだけ?となることもしばしば。ニュースならまだしも私たちの日常生活の出来事になれば昨日食べた晩御飯のメニューすら思い出すことも難しいのです。さらにその時の感情や言葉にできないけれど感じ取った物事などは日常の渦の中に巻き込まれ忘れ去られていってしまうことでしょう。
忘れてしまったら
記憶もされず
消えていくばかりのことが
案外あるもので、
せめていつか
思い出せるようにと
これまで文章を
書いてきました。
(-「はじめに」より)
本書『Forget it Not』の冒頭で精神科医で翻訳家の著者・阿部大樹さんはこう語ります。内容は精神科医と翻訳家の二つの顔を持つ著者ならではの視点で、凄惨な事件のことや言葉についてなどの切り口からその出来事の当事者心理を客観的に丁寧に考察していることなどがエッセイとしてまとめられています。考えたことのない思考の切り口だったりもするので、少し内容の理解に時間がかかる部分もありますが、自分の思考の外側から間口が開かれるような感覚はとても面白いです。
こういう視点は著者の専門が二つあることが影響しているように思います。精神科医であれば“普通の常識”とされるところから一歩離れて患者に寄り添う必要があるし、翻訳者であれば母語の外側から言葉に取り巻くニュアンスを考えて翻訳する必要があるからです。
是非そんな思考体験をしてみてください。
<目次>
妄想のもつ意味
八丈島にて
スキゾフレノジェニック・マザー
戦時下の松沢病院
登戸刺傷事件についての覚書き
『もう死んでいる十二人の女たちと』/『不安―ペナルティキックを受けるゴールキーパーの…』
ペンをとった理由
『精神病理学私記』について
対談:ゴンサロ・M・タヴァレス 小説『エルサレム』をめぐって
その警官、友人につき
アメリカと祖父のシベリア
阿部大樹
1990年新潟県柏崎市生まれ。2014年に新潟大学医学部を卒業後、松沢病院、川崎市立多摩病院等に勤務する。訳書にH・S・サリヴァン『精神病理学私記』(須貝秀平と共訳、第6回日本翻訳大賞)ほか。